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2016年03月14日 更新 | 21,783 views

現役レズビアン女子高生が語る。同性愛者だって、真剣な恋がしたい[体験談]

好きな人ができても相手はヘテロセクシャル、つまり異性愛者。叶わない恋の連続です。メディアの影響で、同性愛者の偏ったイメージが形作られていますが、本当の私たちはもっと普通の、一般的な人と同じ感覚を持っています。

親友と色違いの浴衣をきて祭りに行ってきた女性達出典:GIRLY DROP

私は同性愛者で、LGBTの「L」、つまりレズビアンです。

初めて自分の性を意識したのは中学生のころ。

私は、プロテスタント系の中高一貫の女子校に通っています。

まわりは女の子ばかりで、男女交際も一般的ではなく、むしろ、女の子同士で「デート」といって出かけることも珍しくないので、自分のように女性を好きになることは一般的だと思っていました。

とはいえ、はじめからはっきりと「同性愛者である」と自覚していたわけではありません。

具体的な肉体関係まで想像が及ばなかったし、クラスメートが彼氏とデートをしたという話をきいていると、「うらやましい」と思ったものです。

でも、友だちからの紹介や、文化祭などでカッコいい男子と出会うことがあってもときめきを感じません。

男女がデートをしたり付き合ったりする漫画や小説を読んでもいまいちピンとこないのです。

高校に上がったくらいから「あれ、もしかして」と思うことが多くなりました。

先輩に片思いをし続けた3年間

中学生のころから、コーラス部の2年上の先輩に3年間片思いをしていました。

女性にしては背が高く、美人で、髪がサラサラそていて、頭がよくて気遣いができる……憧れの存在でした。同級生のなかにも、その先輩を好きだという人はとても多かったです。

多くの同級生たちと同じように、部活の時間に追っかけをしたり、行事があるたびに遠くから写真をとったりしていました。

性の目覚めとともに、エッチな妄想をするとこともありましたが、そこで登場したのはその先輩。

「ああ、私は女の子が好きなのかもしれない」と思った瞬間でした。

「私はレズじゃない」と思いこもうとした日々

「女の子が好き」……それは自分の勘違いではないのかと思い込もうとしたこともありました。

「憧れ」と「好き」は違う。私は先輩を人間として好きなのだ……と。

でも、セックスをしてみたいと思う相手を想像するとあらわれるのは、その先輩でした。好きな女性アイドルだったこともあります。

男性がそうした対象に浮かぶことはありませんでした。

男性が嫌いというわけではないんです。ただ、性の対象としてみることはできませんでした。

当時は、部屋に貼ってあるポスターは女性アイドルのものばかり、読むマンガのジャンルは百合と呼ばれる、女性の同性愛を描いたものばかりでした。

それでもまだ「これは趣味の問題で、根本的な性質とは関係ない」と思っていました。

自分がレズビアンであることが親に対して申し訳ない

高校生になっても、女性アイドルのDVDばかりみている私を、母は心配に思ったようです。

「どうして女の子のアイドルばっかり見ているの?」と聞いてくることが多くなりました。

「どうして」といわれても、好きだから好きだとしかいえません。でも曖昧に答えてしまえば、変な誤解を生むかもしれない。

私は、「自分と同じくらいの年頃の子が、頑張っている姿を見ると、元気がでるんだよ」と答えます。

しかし、「ジャニーズとか、男の子のアイドルじゃいけないの?」と聞かれると、答えが返せずしどろもどろになってしまうんです。

母はもしかしたら、なんとなく気がついていたのかもしれません。

次第に、親に対しても申し訳ないという気持ちがわいてくるようになりました。

親はきっと孫の顔がみたいと思っているに違いない……。

海外では養子制度が比較的一般的に行われていますが、日本ではまだまだ整備されていません。

たとえパートナーを見つけることができたとしても、子どもを持つことは難しいでしょう。

ただでさえ性の話を家族とするのは難しいのに、レズビアンであることを告白するなんて無理な話でした。

レズであることの確信と苦悩

自分がレズビアンなんだと確信したのは、 例の憧れの先輩が、男性と交際していることを知ったときです。

愕然として、ひどく落ち込んだのを覚えています。

自分と結ばれないことはもともとわかっていたことですが、いつかは男性に抱かれてしまうんだと思うと、悔しくて切なくてたまらない気持ちでした。

どうしてあんなに美しい人が、男女のセックスで汚されなければならないのか。男女のカップルは、私には異質で気持ちの悪いものに見えてしまうんです。

そのとき、自分は女性同士の愛し合う世界の人間、レズなのだという確信を強めました。

そしてもうひとつ嫌なことに気付いてしまいました。

私が男女の行為を気持ち悪いと思っているのと同じくらい、一般の人たちは、女性同士の行為を気持ち悪いと思っているのかもしれない……。

私は女性が好きな女性で、少数派。相談できる仲間もいない。思春期の女の子がひとりで抱えるには大きすぎる悩みでした。

同性愛はいまだオープンではないという実感

世界では同性愛が認められつつあると、たびたびニュースになります。

それはよろこばしいことでもあり、一方で不安を煽ることでもありました。

ニュースになるということはつまり、依然として同性愛者はマイノリティであるということにほかならないからです。

テレビでは同性愛者がピエロのように笑いのネタにされていることがあります。でも同性愛者の誰もがそれを受け入れられるような人ではありません。

同性愛者の割合は、左利きの人と同じくらいと言われています。でも左利きであることと同じように、周りにオープンにはできない……。

ゲイでもレズでも、大手を振って歩けるのは、都会のごく一部だけです。特に地方には、差別意識が色濃く残っています。同性愛者であることがばれてしまうと、袋叩きにあうケースが珍しくないんです。

私は、仲のいい友だちにも同性愛者であることをカミングアウトすることができませんでした。

すべての女性を性的な目で見ているわけではないのですが、友だちからそんな誤解を受けられたら嫌だと思ったからです。

花火が打ちあがるのを待っている浴衣姿の女性達出典:GIRLY DROP

私の好きになる人はことごとくノンケまたはストレートと呼ばれる、ヘテロセクシャル、つまり異性愛者の女性ばかりでした。

「叶わない恋」というか、私がアプローチをして仲良くなっても、彼女と結ばれることはないという、最初から先の見えない辛い状態です。

意識をかえようと、男性と関わってみることもありました。

もちろん、人間として魅力的な人はたくさんいました。しかし性的な魅力はまるで感じません。

体つきやしぐさに、しなやかさが足りないし、声も野太すぎる。においも油っぽくてくさいと感じるばかりでした。

男女の恋愛でさえ、うまくいかないことが多いのに、そもそもマイノリティとなると、同じ嗜好の人に出会える確率ですらごくわずかなのです。

たまたま女性が好きな女性とめぐりあえても、それが私の好みであるとは限らないし、万が一好きになったとしても、相手が自分を好きになってくれるとは限りません。

恋愛に関してはうまくいかないことの連続でした。

同性愛者が性をオープンにしすぎることに違和感を感じる

でも、恋愛がうまくいかないからといって、同じ嗜好の人とめぐりあったら即身体を重ねるという生き方はしたくない思っていました。

同性愛者だと自覚している人の多くが、刹那的な生き方をしているように感じます。

出会ってすぐに付き合ったり、同棲を決めてしまったりするので、ある程度時間が経つとお互いの価値観のすれちがいで別れてしまうケースを何度も見てきました。

同性愛者などセクシャルマイノリティの人は、なぜか性についてオープンな人が多いような気がします。

私はそれにすごく違和感を感じます。性生活は日常的な娯楽ではない。将来人生をともにするパートナーと出会えたときのために、操を守っていかなければならないと考えているからです。

これは私が、ネコと呼ばれる女性側のたちばに立つことが多いからなのでしょうか。パートナーにも私だけを見ていてほしいと思います。

なかには、他の女性と身体を重ねたところで、妊娠するわけじゃなしいいじゃないかと思う人もいるようです。このように、行為が必ずしも妊娠へ直結しないことからくる、性へのオープンさが問題だと思っています。

また「たくさんセックスができる人は偉い」というような風潮を感じ、疑問を抱くようになりました。

私は、同性愛者の女性からアプローチをかけられても、興味本位や性欲のために身体をあわせようとは思いません。

将来同性結婚をしたときに、お互いに白無垢に身を包み「私たちはこれまでお互いのために純潔を守り続けてきました」と言いたいんです。

ひっそりとでいいから、堅実で安定した力強い愛をつないでいきたいと思っています。

マイノリティであることは人生の特権かもしれない

ひと昔前なら、セクシャルマイノリティであることは本当に深刻な悩みだったでしょう。

でも現在は、インターネットを通じて、同性愛者であるのはもちろん、自分と似た思考の人たちとコミュニケーションをとれる機会があります。

そうした人々とふれあうことで、セクシャルマイノリティであることは、不幸や欠落ではなく、個性のひとつであり、人とは違うかたちで人生を楽しめる特権のように考えられるようになりました。

と同時に、高校に在学しているあいだに、仲のいい友人たちには自分がレズビアンであることを告白しようと決意しました。

仲のいい7人組で、お泊まり会をしたときに、私は自らが同性愛者であることを打ち明けました。

笑い話の延長のような感じで話しましたが、内心ではかなりドキドキ。

でも返ってきた反応は、意外にも「知ってたよ」や「やっぱりね」といったものばかりでした。

女子校では胸やお尻をさるようなスキンシップは日常的でしたが、自分では気づかないうちにそんな雰囲気がでていたのかもしれません。

カミングアウトしても、特に今までの仲が変わることもなく、いい友人関係を続けることができました。

でも、もし友人のなかに私の好きな人がいたら、こうはいかなかったと思います。

友人ならOK、でも恋人は……ということが往々にしてつきまとう現実なんです。

同性愛者はテレビのなかの「変わった人たち」ではない

ヘテロセクシャルである普通の友人たちと話をするとき、苦労するのが、いわゆる恋バナです。

相づちのタイミングや自分のエピソードなど、あらゆるところから同性愛者であることがバレる可能性があるので、私の性的嗜好を知る友人がひとりでもいないと、不安でそうした場に参加することができません。

男性の同性愛者、ゲイの人とは意気投合することがよくあります。お互いに性的な目で見ることがないので安心できるのかもしれません。

テレビで活躍するゲイの人たちは、特殊な格好をしたり、お姉言葉をつかったりして、「変わった人たち」という印象が強いように思います。

でも私が実際に出会ってきたゲイの人たちは、そのようなわかりやすさはまるでありませんでした。ただ話しただけではわからない、一般的な男性の人が多い印象です。

私のように、意識して擬態しているのかもしれませんが、テレビのなかの人たちがセクシャルマイノリティのすべてだと思わないでほしいんです。

レズビアンやゲイは、特殊な倫理観や達観した思想を持っているいうイメージを抱かれがちですが、必ずしもそういうわけではありません。

ただ女性が女性を好き、男性が男性を好き……それだけです。

世の中は優しくもないけど、厳しすぎるということもない

いま私には、ヘテロセクシャルであるノンケの友人だけでなく、ゲイの友人もいます。

母親からは「あんたも○○ちゃん(私が好きなアイドル)みたいな可愛い子をつれてこれるといいね」などと言われるようななりました。やはり、いつのまにか気付いていたようです。

自分がレズビアンであることは自覚する、けれど深刻に考えない。

もちろん、いつも明るい気持ちでいられるわけではありませんが、同じ悩みを持つ人たちと助け合いながら、生きていけたらいいと思います。

written by NICOLY編集部

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※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

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