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2016年04月09日 更新 | 8,347 views

私は恋愛できない病気? LGBTの自分を認められようになるまで[体験談]

大学に入って、社会で「当たり前」とされている事に対して反論するジェンダーの授業に私は引き付けられました。そして自分が誰に対しても性的魅力を感じない「アセクシュアル」という事がわかり、自分の個性を認められるようになり始めます。ですが、まだ、自分をどこかで否定する部分がありました。

炎天下の下でランニングをしている女性出典:Weheartit

「思春期になると、誰もが異性への関心が高まるようになります」、保健体育の教科書にはしれっとそう書いてありました。

先生がその部分を読んだとき、何がおかしいのか、教室のくすくすと笑ってそわそわし始めたクラスメートたち。

私はその一文に対して、それほど違和感はなかったものの、日本のスタンダードとの隔たりを感じた象徴的な出来事でした。

日本では、年頃になると男女が恋しあい、結婚して子どもを作るのが「普通」なのです。

誰もが当たり前だと思って疑いもしないでいたそのルールを、私も小さいころからすりこまれ、いつの間にか染まり切っていたのでしょう。

教科書には、「ありのままの自分を認めることが大切」ともあったのですが、今思えば私はまったく自分自身を認めることができず、ウソの人生を歩んできたのです

小学校のころ、女子のグループの間でこんなことがありました。

クラスの男子のうち、誰が好きか教え合う、というものでした。

特に好きな子はいなかったのですが、その時は皆に合わせないといけないと思っていたため、かっこいいと評判だったクラスメートの名前を言ってごまかしました。

皆にウソを言ったこと以上に、なぜだか自分で自分を欺いたことが無性に悲しく、家に帰ってからしばらく布団にこもっていたことは、今でも鮮明に覚えています。

付き合うって友達とはどう違うの? 周囲との温度差をひたすら深めた思春期の体験

1人で海の波の音を聞きにきている女性出典:Weheartit

小学校の高学年では気恥ずかしさもあって、何となく男女で別れてあまり関わらなかったのが、中学になると、いつの間にか男女のカップルができてきました。

私の通っていた中学では、特に後輩の女子と先輩の男子で付き合うことがステータスのようになっていました。

特に性別にこだわりはなかったものの、幼いころから何となく男の子といる方が楽だった私は、異性の友人と気軽におしゃべりしても冷やかされることがなくなって喜んでいました。

ところが、男子ともフランクに付き合う私の姿勢が、思わぬ誤解を招いてしまったのです。

ある日、家に帰ると母がうれしそうに、「あんたも彼氏できたんだって? 言ってくれればいいのに」と言うのです。

3つ上の姉に比べると私は奥手だったので、母にすればやっと娘が恋愛に興味を持つようになって安堵していたのでしょう。

しかし、私には身に覚えがないことで、彼氏なんていないと否定したのですが、母は私が恥ずかしがってはぐらかしていると思ったようです。

どうやら、クラスの親御さんが私と友人が並んで下校する様子を見て、カップルだと勘違いしたまま母に報告したらしいのです。

クラスの友達も何人か、私と彼との関係について聞きたがりました。

私はただの友達だと否定したのですが、まったく取り合ってもらえませんでした。

「どうして? 付き合ってるんでしょう? クラス公認カップルなんてたくさんいるんだから、隠す必要ないじゃん」

なぜだか、男子と女子が2人で行動していると、カップルだということになるようです。

男友達3人で歩いていたときは、後からどっちが好きなのかと別の人に聞かれました。

性別が違うと、友情というものはないのでしょうか?

恋愛感情はないし、本当にただの友達だと言っても、「そのうち好きになるよ」「本当は告白しようと思ってるんでしょう?」と聞き入れてもらえませんでした。

高校は進学校で、恋愛なんてしている場合じゃないと先生たちは言っていたものの、生徒には関係のないことでした。

私は一部の男子の下ネタが苦手ではあったものの、それまでと変わらず男子と行動することが多めでした。

そんな友人たちとの決定的な考えの違いを、嫌でも意識するきっかけとなる出来事が起こったのです。

いつも一緒にいることが多い男友達が、あるとき食堂で姿勢を正して言った言葉が私を混乱させました。

「俺たち、そろそろ付き合わない?」

一瞬、何を言われたのか理解できなかった私に、彼が次の一手を繰り出します。

「いや、他の女子と違ってお前といると落ち着くし、ってゆーか、もう付き合ってる感じじゃない?」

私はカレーのスプーンを口に運んだまま呆然としてしまいました。

彼の言っていることが、何ひとつ分かりませんでした。

クラスには何人か、恋に恋しているような人たちもいるけれど、その仲間入りをしたいのか。何が「そろそろ」なんだろう。

「あのさ、ちょっと聞きたいんだけど、付き合うって何?」

素朴な疑問をぶつけてみたところ、彼は言い淀んでしまいました。

「一緒に帰ったり、図書館寄ったり、何が違うの? 別に何も変わらないよね?」

同級生の誰が誰とキスしたとか、それ以上のことまでしたとか、いろいろなウワサがあったものの、自分が目の前の彼と同じようなことをできるとは思えなかったのです。

そのうち、自分も誰かを好きになるだろうと思いつつ、どこか違うような気もしていました。

率直な疑問符を浮かべた私を見て、友達は今ひとつ合点がいかないよう顔をしながらも、引き下がりました。

どうして告白されたのか分からなくてモヤモヤした気持ちもありましたし、友達だと思っていたのに裏切られたようにも感じていました。

私とは気まずくなってしまったのか、それから彼とは何となく疎遠になってしまいました。

誰が話したのか、彼とのことはいつの間にかクラスの女子に知られていたらしく、ある日、2、3人のクラスメートが、興味津々といった様子で話しかけてきました。

「どうして振っちゃったの?」と、普段はあまり関わらないのにずけずけと聞いてくる態度に私は軽くイライラました。

「友達だからだよ」と答えても、「もったいない!」と、唖然とされました。

何がもったいないのか聞いてみると、「好きじゃなくてもとりあえず付き合ってみればいいのに」、とのことでした。

付き合ってもお互い不幸になることは目に見えているし、彼らは友達だからと説明しても、「モテ自慢なの?」と取り合ってもらえません。

どうしてこうも話が通じないのか、まじめに応じたことを後悔しました。

告白の一件だけでなく、昔からすこし変わっていた私は、周囲の人から心無い言葉をかけられることも少なくありませんでした。

「男の子が嫌いなの? その割には一緒にいるよね」

「恋しないなんて人生損してる」

「もしかして女の子が好きなの?」

「なんか冷たいよね。心がないみたい」

きっと彼らにすれば、私を傷つける意図はなく、ただ本当に率直なことを言ってのけただけなのでしょう。

しかし、どうして、こうも他人のことに首を突っ込むのが好きなのでしょうか。

思春期になると恋愛するのが普通だとは思っていたものの、しないからといって損をするって……人生はそんなに薄っぺらいものなんでしょうか。

しかも、男の人を好きにならないからといって、どうして女の人が好きだということになるのでしょう。

もしも心がなければ、私はこんなに傷ついたりしないはずなのに……。

口に出して言い返すことはなかったものの、私は頭のなかでさまざまなことを考えました。

私が人と違うのは病気のせい?自分の内面について思い悩んだ受験シーズン

森林浴をしに散歩している女性出典:Weheartit

もしかして自分は同性が好きなのか、あるいは自分の心は男なのか、人とは違う原因をいろいろ探ってみました。

その当時、性同一性障害は認知されていたものの、私自身は自分の性別に対して特にこだわりはないし、別に女の身体に生まれたことにも不満はありませんでした。

女子に対して友人以上の気持ちを感じることもありません。

まだ運命の人とやらに会っていないだけなのでしょうか?

友人ではなく恋人として付き合いたいと思える相手が現れるはずだ、と自分に言い聞かせつつ、このまま一生恋愛できないままなのか、という不安にも怯えていました

また、性的なものや妊娠・出産に対して、気持ち悪いような嫌な感情もありました。

女性は性的欲求よりも情緒的なものを好む、といったようなことが教科書にありましたが、私には情緒的なものもよく分からなかったのでしっくりこなかったのです。

実は小さいころ、親戚のおじさんに性的ないたずらされたことがあり、そのトラウマで恋愛ができないのでは?とも考えました。

公立の図書館にある、心理学の本を読みあさったことさえあります。

しかし、痴漢にあった経験から男の人が苦手だと言っていた友人(女子)が、あっさり男性と付き合っていたことから、つらい体験は必ずしも関係ないような気もしてきました。

段々とわけが分からなくなり、「やっぱり自分はおかしいのだ」という考えが浮かんできて、モヤモヤをかき消すようにして受験勉強に打ち込みました。

思春期だったこともあって、自分のことはどうせ誰にも分からないだろうと決めつけていました。

友人たちとは表面上仲良くしていたものの、自分の本当の気持ちや考えは言わないようにしていました。

親や姉弟にも内面の混乱を打ち明けられず、「大学に入ったら治療しよう」、そんなことまで考えたものです。

暗い考えを180度変えたキャンパスでの出会い

自然がある公園で夕日を見つめている女性出典:Weheartit

努力の甲斐あって、県外の志望校に入学できましたが、華々しいキャンパスデビューとはいきません。

もう傷つきたくないという気持ちから、ひとりでいた方がマシだと思い、同じ学科の人とも最低限のコミュニケーションしか取りませんでした。

すべての男性が恋愛感情を向けてくるわけではないはずなのに、男女の友情は成立しないと自分のなかで思い込んでいたのです。

ところが、そんな私の思い込みを覆すような出会いが、1年生の後期に待っていました

寒そうにカーディガンを羽織っている金髪の女性出典:Weheartit

大学で何気なく取ったジェンダーの授業。

先生がさまざまな疑問を学生に投げかけてきました。

「どうして、世の中は男と女に別れているんでしょう?」、最初の授業で、出欠を取ってひと呼吸置くなり、先生が放った言葉です。

私はてっきり、哲学か何かの問いかけだと思っていました。

しかし、先生は社会全体で「当たり前」とされていることへ静かな批判をしていたのです。

いかに世の中が、人間を「男」と「女」に分けて、男女の恋愛や結婚を当たり前のものとしてきたのか。

しかも、そんな制度は、実は100年くらいの歴史しかないこと。

結婚ってしないといけないものなのか。子どもって産まないといけないものか。

しないといけないなら、それは誰がどうして決めたものなんだろう。同性愛っていけないことなのか……。

これらはすべてジェンダーの研究でまとめられていることで、私が今まで無意識で感じてきたものの、言葉にすることはできなかった疑問とその回答がほぼ詰まっていました

ジェンダーという言葉はそれまでに聞いたことはあったものの、ほとんど知らなかったため、目から鱗の授業に私は引き付けられました。

授業が終わってからも、先生と討論をする日々が続きました。

恋愛しないのは病気じゃなかった! 実はLGBTだった私の性的指向

景色を眺めているニット帽の女性出典:Weheartit

さらに私の考えを大きく変えたのは、1冊の本との出会いでした。

学期末のレポートのために、図書館のジェンダーの棚を見ていると、LGBTに関する本を見つけたので手にとってみました

すると、そのなかのある単語を見たとき、私は本を持ったまま立ちつくしてしまいました。

ヘテロセクシュアル、ホモセクシュアル、バイセクシュアルなど、性的指向を説明する欄に並んで書かれていたのは、「アセクシュアル」という言葉でした。

「エイセクシュアル」や「無性愛」ともいい、誰に対しても性的魅力を感じない人のことで、人口の1パーセントほどしかいません

性的なことや妊娠・出産に対して、嫌悪感を抱くこともあるとのことでした。

恋愛感情もない場合は、「アロマンティック・アセクシュアル」というそうです。

誰が誰を好きになるか、あるいはならないかは病気ではないとも書かれていました。

それまでゲイやレズビアン、バイセクシャルについては知っていたものの、学校や社会で誰も教えてくれなかった単語に、ようやくこれまで自分が苦しんできたことの答えを見つけた気分でした

「病気じゃない、私はアセクシュアルなんだ」、その言葉を噛みしめて、私は自分の個性を認めるための、大きな一歩を踏み出したのでした。

留学生との出会いがポジティブな気持ちにしてくれた

花畑を歩いている女性たち出典:Weheartit

もうひとつ、私を変えるきっかけとなったのは、留学生との交流でした。「英語を教えてもらえればいいかな」という軽い気持ちでチューターを始めた私は、スウェーデン人とアメリカ人の学生と関わるようになりました。

はじめこそ言葉もあまり通じず、ぎこちなかったものの、2人は徐々に心を許せる友人となっていきました。

お互いの国の政治や文化、考え方のことなど、いろいろな話をするようになり、世界にはさまざまな価値観や生き方があって、それに対して他の人がどうこう言うものではないということを学んだのです。

そして、あるとき、2人に自分の性的指向をついにカムアウトしました。

「私はアセクシュアルで恋愛できないんだ」と言った私に、2人は驚いたような反応を見せました。

「どうしていつも自分のことを否定的に言うの? あなたは知的で思いやりがあるし、とってもすてきだよ。もっと自信を持って!」

2人に言われてやっと気が付いたのですが、アセクシュアルを自覚してからも、私はどこか卑屈だったのです。

これまで周囲に浴びせられてきた他人の何気ない言葉よりも、何より自分を深く傷つけているのは自分自身でした。

私は私のままでいい――

人を好きになれない自分を攻撃するのではなく、まずはありのままの自分を好きになろう

これからは、自分で自分を肯定していこう、そう誓ったのです。

日本では2013年ごろから、LGBTを取り巻く状況がにわかに変化し始めました。

それまでもプライドパレードやゲイ限定のパーティが開かれることはあったものの、世間一般では「同性カップル=欧米のもの」だとか、テレビのオネエタレントのように、面白おかしい調子でしか語られてきませんでした。

女性カップルによるディズニーシーでの結婚式の様子や、各国での同性婚をめぐる動きが大きく報じられるようになりました。

アセクシュアルはまだまだ日本でも認知されていないものの、アセクシュアルをカムアウトした一般の方が、バラエティ番組に出演したこともありました。

こうした状況の変化があっても、いまだに周囲の無理解や心無い言葉に、同じパターンで傷つくことはあります。

それでも、私は人を愛せないなんて、悲しい言い方はもうしません。

ただ、愛し方が他の多くの人とは違うだけ。

これからも、親や姉弟、恩師や友人たちといった人たちとの関係を大切にしたいと思います。

Topimage via Weheartit

written by anita1997

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