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2016年11月24日 更新 | 4,152 views

アトピーとともに生きてきた私の半生[体験談]

漢方を飲み続けてアトピーを悪化させてしまった私。あまりにもひどい状態だったので、とうとう入院する事になってしまいました。しかし、漢方から解放された事、そして主人のおかげでアトピーを受け入れる気持ちに。退院後、私は社会復帰を果たし、その数か月後に妊娠することができたのです。

大荒れの海を眺めている女性出典:Weheartit

私が子供の頃から苦手なこと、それは握手でした。

人前に手を出すことは嫌いでした。

手にコンプレックスがあったからです。

幼稚園の頃

電車に乗って買い物に行こうとしている女性出典:Weheartit

記憶がある頃には、すでに私の指先はカサカサしてあかぎれがありました。

アトピーという診断を受けたのは幼稚園の頃。まだアトピーという言葉も知られておらず、誰にいっても「それ、なあに?」と聞き返される頃でした。

幼稚園の目の前に皮膚科の医院があり、定期的に通うようになりました。

その先生はとても勉強熱心な先生で、よく研究をしており、たまごを食べ過ぎないなど食事についても注意をしてくれました。

その頃の症状は主に手に集中していました。指の関節、指先、手のひらなどです。

処方されたのはいわゆるステロイド剤でした。毎晩、寝る前に母が薬を塗ってくれました。

ステロイドの上に白い塗り薬をぬり、さらに薬の効果を高めるため、サランラップをまいてテープや包帯でとめていました。

ただおおげさな見た目に反して、自分ではあまり苦にもならず気にもしていませんでした

まだ小さかったというのもあり、さらにのんきな性格だったということもあるかもしれません。

毎晩、薬を塗ってくれる母の手が温かく優しかったことだけが記憶に残っています。

小学生になって

正面を見つめている白銀の女性出典:Weheartit

小学高学年くらいになると、少しずつ人目を気にするようになりました。

すると、だんだん自分の荒れた手が恥ずかしくなり、人前で手を出すのをイヤだと思うようになりました

症状はあいかわらず手に集中していて、指先の荒れで爪の根元の甘皮などがなくなり、それが爪の成長に影響するらしく爪の表面はガタガタになりました。

ピアノを習っていましたが、指先を人に見られるのがイヤで練習もサボりがちでした。   手のひらのアカギレはふだんはあまり目立ちませんが、鉄棒などは血がにじむので痛くてできませでした。

肘や膝の裏なども赤くなりました。握手をしたり、手をつないだり、といったことがどんどん苦手となりました。

小学校では体育やフォークダンスなどで手をつなぐということが結構ありましたが、手が荒れているのがはずかしくて、相手の指先をつかんでいるだけだったりしました。

ただ背の順でも出席番号順でも手をつなぐ相手がいつも同じ男の子で、彼がからかったりいじめたりするようなタイプではなく、細かいことを気にしない元気な子だったので、それでずいぶん助けられました。

毎日の食事

カラフルな風船を持って楽しそうに走っている女性出典:Weheartit

母は私の食事にとても気を遣ってくれました。もともとお料理が好きで、とても上手。

料理教室やお菓子教室にも通っていましたので、いろいろなレパートリーの食事を作ってくれました。

お菓子も手作りが中心でした。パン教室に通うようになってからは、ロールパンや食パンなども手作りでした。

インスタント食品や市販のお菓子を食べた記憶はほとんどありません。

駄菓子屋というものも行ったことがなく、一度だけ友だちに連れられていってその毒々しい色に驚いたことがあります。   今思えば、それはアトピーというものが少しずつ世間に知られていくようになったことにもつながります。

時代的にインスタント食品などが出回るようになりはじめると同時に、「最近の親は手抜きをするようになった。食事がかわった。魚などを食べなくなった。だから、アトピーがふえてきたのだ」といった知ったかぶりの言葉がきかれるようになっていたのです。

それは、あたかもアトピーが親の責任であるかのように響きます。

そういった言葉は、発言した本人はあまり意識していないかもしれませんが、当事者をとても傷つけます。

親は自分に責任があるように思い、自分を責めてしまうのです。

確かにアレルギーの原因となる食品というものはあります。

ただ、それは人それぞれで、他人が端からいえるようなものではありません。

それに、インスタント食品が一概に悪いわけでもありませんし、そればかり食べていても肌がきれいな人は沢山います。

肌が荒れているからといって、他人にあれこれ言われるいわれはありません。

大学生になって

友人と新作のスイーツを食べながら休憩している様子出典:Weheartit

アトピーは治ることもなければ急激に悪化することもないまま、細く長くつづき、そのまま私は大学生となりました。

肌は相変わらず弱く、外出のためお化粧をしようとすると、この前はだいじょうぶだった化粧品に急にかぶれ、顔にぽつぽつと腫れ物のようなものができて、外出を取りやめるといったことなどもありました。

レストランなどで食事をするときも手先が気になりました。

所作や仕草などには気を遣っていましたが、肌荒れで見目のわるい指先はどうしようもありません。

どこか引っ込み思案の性格になった原因のひとつはここにあったようにも思います。

そのころ、海外旅行に行く機会がありました。

行き先はインドでした。衛生状態がいいとはいえないところですので、滞在中にアトピーが悪化するのではないかと母はとても気にしていました。

ところが、驚いたことにインドに行っている間、私のアトピーはむしろ症状が治まっていました

乾季でしたので、空気が乾燥していたからかもしれません。

2か月ほどいる間に、薬もなくなりましたが、なくても全然大丈夫でした。

それは、とても意外な出来事でしたが、今思えばそこにはひとつの答えがありました

結婚と引っ越し

ドレスを着て砂浜で撮影をしている女性出典:Weheartit

結婚してしばらくすると、アトピーが少しずつ身体に広がっていきました。

今思えば、引っ越し先の近くに工場があったことが大きな原因だったようにも思います。とても空気が悪かったのです。

家事をするようになり、手はさらに荒れるようになりました。

冬は乾燥し,痛くて眠れないこともありました。

足先などが異様に痒くなり、眠れない夜もありました。

首筋がふとかゆくなって、軽く指で掻いたとたんに、皮がずるっとむけ、ふわっと血があふれでてきたりもしました。

主人とインドネシア旅行に行ったところ、蚊に刺されたあとがなかなか治らず、そのまま何週間もかゆいままだったりしました。

「もしかしたら子供にもアトピーが遺伝するかもしれない」と母も心配していました。

その頃、知人に今とても漢方の先生を知っているから相談してみないかと声をかけられました。

漢方治療

お花探しをしている女性出典:Weheartit

西洋医学にかなり疑念を抱いている頃でした。

皮膚科にはずっと通っていましたが、皮膚の薬というのは、かゆいならこれ、アカギレが出来たらこれ、といった感じの対症療法で、決して根本的な解決にはなりません。

ステロイドも使い過ぎるとあまりよくないといわれていました。

漢方なら身体にひどいダメージもあたえず、体質改善になるだろうと思い、一念発起して漢方治療を始めることにしました。

勧められたのは名古屋の先生で,東京からは新幹線で行かなければなりませんでした。

でも、どうせなら評判のよい方が、と考え、その先生を訪ねました。

漢方治療は、先生に処方された漢方薬を毎日煮だして飲むというものでした。

煮だした漢方薬はどす黒く濁ったものとなり、味も濃く苦くてとても簡単に飲めるようなものではありませんでした。

凄いにおいもして、家中が臭くなりました。それでも、良薬口ににがしといいますし、そのほうが身体にいいような気がして、逆にがんばって飲みました。

数週間たつと肌に変化が出始めました。良くなったのかと思いきや、肌は赤くなり、ざらつきはじめ、身体のアトピーの症状が前よりも少しずつ悪化してきたのです。

先生に相談すると、一度悪いところが全部でてから、よくなっていきますといわれました。

症状の悪化

海にきて肌を焼いている女性出典:Weheartit

先生は診察して少しずつ処方を変えていましたが、症状はひどくなるばかりでした。

肌のガサガサした部分から黄色い水のようなものがだらだらと流れ出るようになってきました。

そのまま2ヵ月ほど漢方を飲み続けているうちに、電車に乗れば知らない人から露骨に変な目でみられるようになり、お化粧どころか外出もままならなくなりました。

全身の肌がぼろぼろになり、顔からも汗のように黄色い水が流れ出ました。

体中に痛みがあり、急に身体がぶるぶると震えるようになりました。

仕事も行かれなくなり、好きな仕事でしたが、退職の挨拶もできないまま、電話でやめることを告げなければなりませんでした。

漢方をはじめて3ヵ月くらい経ったある夜、あまりの痛さに我慢できなくなり、次の診察日まで待てず、電話で先生に痛みを訴えました。

すると「どうしようもないなら近くの病院にいきなさい。何も出来ないから」と言われました。

その時、先生が最後まで責任をもって治療してくれるつもりはないのだ;という現実を突きつけられ、愕然としました。

先生にとって私はただのアトピー患者のひとりに過ぎなかったのです。

先生がいろいろな薬を処方し、私が診察にいくたびに、まめに背中などの症状の写真をとっていたことを思いだし、自分は実験台にされたような気持ちになりました

テスト勉強をしている女性出典:Weheartit

近所の医院に行くとすぐにステロイド剤を点滴されました。

あれだけ懐疑的になっていたステロイド治療でしたが、その時は一気に安堵感におそわれました。

そのまま病院を紹介され、即入院するようにいわれました。

顔や身体にべっとりとステロイドを塗り、全身ミイラのように包帯を巻いてもらい、ようやく痛みがおさまりました。顔には白いマスクがはられました。

どちらからというと我慢強く、痛みにも強いタイプですが、顔のマスクを交換しなければならないときは、文字通り顔から火が出るように痛く、思わず声をあげました。

ステロイドのおかげで肌の表面のキズは少しずつよくなりましたが、体中にあとが残りました。

特に顔は、全体が浅黒くなり、濃いあざともシミともつかないようなもので覆われました。

アトピーを受け入れて

手紙を読んで泣きつかれて寝てしまった女性出典:Weheartit

といっても、入院している間にすっかり気持ちが落ち着いた私は、不思議とあまり落ち込みませんでした。

それは、漢方薬から解放され、もうがんばらなくてもいいのだ、と思えたことにあり、これ以上ひどくなることはあるまい、というある意味あきらめの境地に達したことにもあるかもしれません。

もっとも大きかったのは主人の存在です。彼は、結婚前から私のアトピーをあまり気にせずに付き合ってくれました。

一方で、結婚してからは、肌荒れがひどい時に家事をかわりにしてくれたりととても協力的でした。

漢方薬を飲むと決めた私を応援してくれましたが、悪化していくにつれとても心配してくれました。

そして、入院するに至り、彼は目に涙を浮かべ、「やらせなければ良かった、止めれば良かった」といい、その医師と無責任にその人を紹介した人に対して、心底怒ってくれました。

ミイラのようになった私を見捨てることなく、傍に寄り添い、今まで以上に心配してくれた彼の存在は計り知れないほど大きいものでした。

それで、私はアトピーを素直に受け入れる気持ちになったようにも思います。  

社会復帰、そし妊娠

約束の時間まで部屋でゆっくりしている女性出典:Weheartit

その後、私は気持ちを切り替え、新しい仕事につきました。

そこで会った人たちは、私が最初からそういう顔だと思っていますから、あまり気を遣う必要もなく、いい上司と同僚に恵まれ、すっかりその環境にも慣れて、楽しく仕事に通うようになりました。

そして、数ヶ月が過ぎた頃、思いがけず子供に恵まれました。

妊娠するとやはり思うのは、子供にアトピーが遺伝するのではないかということでした。

ただ子供を授かったことがあまりに嬉しかったので、アトピーくらいあっても仕方がない、なるようになるさ、という気持ちになっていました。

それよりイヤだったのは「女性は妊娠すると体質が変わるっていうから、アトピーが治るかもね」といわれることでした。

相手は気の利いたことをいっているつもりかもしれませんが、もし自分が治って子供に出たら;と思うと、さすがにそれは忍びなく、自分は治りませんように、と思うようになりました。

子供が生まれて

我が子に外の空気や景色を見せてあげている様子出典:Weheartit

結果として、長男にアレルギーはまったくありませんでした

主人に似たのか肌荒れとは無縁のゆでたまごのような肌をした赤ちゃんで、そのままなんのトラブルもなく大きくなりました。それどころか、思春期になってもニキビもほとんどなく、女の子にまちがわれるほどでした。

一方、次男は、生まれたときからよく肌荒れしました。

母乳は母親の食生活が関係するというので観察してみると、私が牛乳を飲んだ日はひどくなるように感じられたので、牛乳のかわりに豆乳を飲むようにしました。そのうちに肌荒れもなくなりました。

彼にアレルギーがあると分かったのは、小学生の高学年になってからです。

それも、なんとカニアレルギー。カニを食べる機会もあまりないため気づくのが遅れたようですが、お正月に里帰りをするたび、一気に白目の部分がまっ赤になったり気持ち悪くなったりとするのを繰り返すうち、共通事項がカニであることに気づきました。

でも、それ以外に特にアレルギーらしい症状はありませんでした。

最終的に彼が医師からアトピーです;と診断を受けたのは、中学生になって部活で汗をかくようになってからです。

そして今

舞台の練習をしている女性出典:Weheartit

私の顔の浅黒いのは相変わらずです。肌が薄くなったのか、夏場や温泉に入ったときは、すぐに真っ赤になってしまいます。

でも、ふだんは化粧をすればそれなりになんとかなるので、普通にお洒落を楽しんでいます。

主人の仕事の関係で海外に住んでいた間は、やはりアトピーはほとんど出ませんでした。

その5年間は皮膚科に通うこともなかったのです。

今、指先のアトピーは相変わらずですが、友人もみな家事などで主婦湿疹だ、肌荒れだという人がふえたため、私だけ妙に目立つというほどでもなくなりました。

アトピーに悩む方に

たんぽぽの種を吹いている女性出典:Weheartit

結局、アトピーはそれなりに細くつきあっていけばいいようなもの;というのが、今の私の心境です。

出来ることはする、でも、し過ぎる必要はありません。環境やその時の状況で、症状は変化します。むしろストレスを抱えすぎないことが大切です。

生まれて来たお子さんがアトピーの方は、ご自分を責めてしまうかもしれません。

でも、そんな必要はありません。

食事などに気をつけることは大切ですが、あまり神経質になり過ぎるとそれがが逆にストレスとなっていきます。

まわりが自然に接していれば、本人もあまり思い詰めることもなく、素直に受け止めていくものです。

根本的になおさなければ、と躍起になることはありません。

深く考えすぎず、気楽にのんびりと付き合っていけばいいのです

アトピーに負けず、ぜひ楽しい毎日を過ごしていただければと思います。

Topimage via Weheartit

written by Irene1013

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