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2016年05月19日 更新 | 2,524 views

まだ苦しみは終わらない。摂食障害に翻弄され続ける中で [体験談]

私は陸上選手で、高校生の頃はエースとして活躍していました。しかし、骨折した時に体重は維持しないといけなく、気付けば異常な減量をしていました。周りが心配するほど痩せてしまい、復帰した私は以前より走れなくなっていました。そこで初めて痩せ過ぎたのだと気づき、なんとか元の体重にまで戻しましたが……。

喧嘩をして走って去っていく彼女と、追いかけている彼出典:We heart it

私には人には言えない悩みがあります。

悩みというより、病気です。

そして、その病気はいまだ、克服できていないことです。

いまの環境で周りの人たちに絶対に知られないように隠し通せるのか、いまだばれていないのかと考えると不安で仕方ありません。

でも、私一人の力ではどうしようもできないことはわかっています。

何度も何度も治そうとしてきました。

泣きました。

誰もいないところで、電気もつけず自分で自分を責めました。

私の病気に、誰か気づいてほしい……。

そう願う日々が続いています。

摂食障害のはじまり

背中に何個かほくろがある色白の女性出典:We heart it

私の病気は、摂食障害である過食症です。

嘔吐もしています。

そんな病気の始まりは、高校2年生のある出来事からでした。

私は、現役の長距離選手です。

とはいってもこんな状態では今は走るのもままらないですけど。

そんな私も高校2年生の時は周りから一目置かれる選手でした。

2年生ながら、エースとしてチームをひっぱるほどでした。

そして、県のトップでもありました。

私は、プライドが高く負けず嫌いで、頑固でした。

そんな私は、誰よりも練習する選手で、休みなく練習をしていました。

その頃は毎日のように体重計に乗って体重の管理を徹底していました。

そんなある時、練習のしすぎにより両足を疲労骨折してしまいました。

もちろん練習をしなければ体重も増えて当たり前です。

監督からは、

「体重だけは増やすな。体重さえ増やさなければ、すぐに走り出せるから。」

そう言われ食べものを恐れる生活が始まりました。

どうしたら、体重を増やさないでいられるか。

そう考えた私は、

「食べるものを変えよう。」

そう考えました。

しかし、それが異常だったのです。

朝食は8枚切りの食パンの半分とキャベツのサラダ。

サラダには、低カロリーで全体に味がいきわたる青じそドレッシングをかけるようにしました。

お昼ご飯は、母の手作り弁当でしたが、サラダを別の容器にいっぱいに入れてもらうようにし、おかずとごはんは拳くらいのサイズの幼稚園の時に使っていたお弁当箱でした。

それと、フルーツとヨーグルト。

こんな感じで母も私が体重が増えないように協力してくれました。

夜は、キャベツのサラダとところてん。

このような毎日を送っていました。

練習は、普通に走っている人以上に練習しようと唯一疲労骨折でもできるエアロバイクを一時間こぎ続けました。

漕ぎ終わるとそこから一時間、補強をみっちりと行いました。

これを朝、夕方の2回の練習時間で徹底し、気づくと私の考えがおかしい方向へと向かっていきました。

体重は「維持」ではなく「減量」しなくてはいけない。

そんな風に考えた私は、お昼ご飯のお米をゴミ箱へ捨てるようになりました。

野菜のおかずは食べ、揚げ物などの衣はきれいに取り除き、食べない部分はゴミ箱へ。

ちょっとでもヘルシーに……。

お菓子は絶対に食べないし、食べたくもありません。

お菓子を見ると恐ろく思いました。

このように異常な毎日を送っていたこともあり、どんどんと体重は減量していきました。

一日に2回は体重計に乗り、増えていないことを確かめ、減量していくと快感を感じ、もっと減量しなければ、と練習を増やすようになりました。

真夏なのに汗をかくために、ウィンドブレーカーを2枚重ねて着るようにし、ニット帽とネックウォーマーをつけてエアロバイクを漕ぎました。

水分補給には、ゼロカロリーのスポーツドリンクを飲むようにしました。

そして、とうとう母にまで文句を言うようになりました。

キャベツでおなかを満たすためにサラダの量が少ないと怒り、夕食のところてんにかける黒酢の量が少しでも多いと怒って、もういらないなどと言って食べませんでした。

その頃の私は、身長153センチで体重34キロ。

疲労骨折する前は大体40キロ前後でした。

もともと筋肉質であったため、40キロでもかなり少ない方でしたので、34キロなんて異常過ぎました。

摂食障害を抱えながら、再びエースに

リレーの選手である女性の練習風景出典:We heart it

ここまでくると筋肉も脂肪も退化して、筋肉質だった私がガリガリになっていきました。

そんな姿を見た監督はもちろん、周りの友達や先生からも心配されましたが、人前では元気を装っていました。

疲労骨折は完治するのに5ヶ月かかりました。

今思えばそれも当たり前、栄養をとっていなければ治るものも治りません。

でもそんなことさえ、体重を減らすことしか考えていなかった当時の私にとっては、どうでもよいことでした。

5ヶ月後に初めて走った時は、走るという感覚が全く分かりませんでした。

足に力が入らなく、ふわふわと浮くのです。

どんなに腕を振っても足がゆっくりとしか動きませんでした。

そこで初めて、自分は痩せたんだと気づきました。

その頃は、秋の駅伝シーズンへ向けてみんなが必死になっているころで、私もエースとして出場したいと強く思い、力の入らない身体を死ぬ気で動かし、とにかく走りまくるようにしました。

毎日毎日必死で走った結果、県予選では再びエースとして走ることができました。

そして、県大会で優勝して全国大会への切符も勝ち取りました。

その頃になると、ガリガリだった私に監督は

「39キロまで体重を増やせ」

そう言いました。

私は驚きました。

今まで監督は体重を減らせ減らせと言っていたのに、初めて増やせといったのです。

私は、増やしてもいいんだとちょっとずつお米を食べるようになっていきました。

本番の全国大会には39キロの体重でエース区間で走りました。

走り的にも順位的にも納得のいく結果が出せました。

改めて、走ることがとても楽しいと思いました。

このような流れで私の高校2年生が終わりを迎えました。

3年生であんなことになるとは思いもせずに……。

痛みとの闘い

紅葉を見ながらランニングをしている女性出典:We heart it

3年生になると私はキャプテンになりました。

キャプテンとして新たにスタートし、新1年生が入学してきました。

私たちの学校は県内でもトップの陸上の成績を持っているので、力のある選手が入学してきました。

私は1年生に負けまいと必死に練習しました。

ところが、春先になると坐骨神経痛という、治しようのないケガが私を襲い掛かるのでした。

坐骨神経痛は私の人生を狂わせました。

走りたいのに足が前に出ない。ピーンとの筋が張ってしまう。

坂道すらまっすぐ足を出すことができなかったため横向きにカニの歩き方のように上らなければ前へは進めませんでした。

夜になり、ベッドで横になろうとすると腿の裏からまたにかけてピーンと痛みを感じ、眠ることもできなくなりました。

寝るために、最善の工夫をしました。

マットレスを一枚増やしたり、ベッドではなく床に布団を敷き横になったりと、試行錯誤しました。

しかし、一向に良くなる気配はせず眠れない毎日が続きました。

このような症状では走ることすらできませんでした。

無理を言ってトラックレースに出場してみたものの、1年生には負け、他校の人に負け、初めて屈辱というものを感じました。

春、夏と全く走れずに秋の駅伝シーズンを迎えるころになると、私は

「駅伝には必ず出てやる」

と毎日痛み止めを飲んで練習をしました。

痛み止めを飲むことで多少の痛みは緩和され、練習ができるようにとなりました。

そして、県予選では再びエースとして走れるようにまで戻りました。

県大会では優勝し、三年生でも全国大会の切符を勝ち取ることができ、キャプテンだった私もとてもほっとしました。

キャプテンとしての責任感と、キャプテンだからチームのトップでなくてはいけない

そう決めつけ、県大会を終えてから、全国大会までもずっと痛み止めを飲み続けて練習をしていました。

全国大会を迎え、私はエースとして再び去年と同じ区間を走りました。

しかし、なんともひどいタイム、順位で渡すこととなりました。

私は自分を責めました。

自分に自信もなくなっていきました。

肉体的にも精神的にも限界が来ていたのです。

何か月もの間薬を飲み続けた私の身体は、既にボロボロで痛み止めさえも効かない身体になっていました。

坐骨神経痛はひどく、通常に歩くこともできませんでした。

全国大会を終えた私は、ぴたりと走ることをやめました

大学に進学は決まっており、陸上の推薦で入学する予定だったですが、走ることをやめてしまったのです。

走ることをやめた私は、ある方向へと道をそれていきました。

過食嘔吐の発症

嫌なことが続いて階段でやる気をなくしている女性出典:We heart it

高校3年生で、卒業間近になった私はすべてが狂っていました。

過食症に陥ったのです。

全国大会が終わり、学校の部活には毎日来なくていいといわれ、自由になった私は今まで制限してきたものが解き放たれた気分でした。

チョコレートやドーナツ、菓子パンや、プリン、アイス、クレープ、揚げ物。

すべてが自由に食べれるのだと。

学校帰りに、スーパーへ行くと大量にお菓子を買い、そのスーパーに備え付けられている、テーブルで食べまくる。

小さいものはリュックに入れて、母にばれないように持ち帰っては、夕食後に自分の部屋へと持っていき、再び食べる。

もうおいしいなんて感じることなく、とにかく口へと放り込みジュースで飲み込む

自分の買ってきたお菓子がなくなると、物足りない。

まだまだ食べたいと、夜中に家族が寝静まっている中、キッチンへと行き食べれそうなものを探し、見つけると再び自分の部屋へと隠し持っていきました。

それは、りんごを丸々3個やバター、ココアの粉などでした。

もう、何かにとりつかれたに口へと運んではジュースで流し込む。

おなかはパンパンに膨れ、今にもはちきれそうでした。

そんな私は、嘔吐という行為を始めるようになりました。

過食する前の体重を測り、嘔吐した後の体重を測る。

体重が増えていない、もしくは減っていたら、過食嘔吐終了の合図でした。

そんなことを卒業するまで母に気づかれないように毎日繰り返していました。

卒業式を迎える時には、嘔吐により顔はパンパンで誰だか分からないほどでした。

しかし、体重は変わっていなかったため、自分的には満足でした。

無事に私は高校を卒業しました。

この過食嘔吐は卒業できないままに……。

大学生になっても

ランニング途中に眺めがとてもいいところで休憩している女性出典:We heart it

私は大学生になりました。

陸上の推薦で入学したため、必然的にまた走ることに。

ケガ以来走っていないまま、顔がパンパンの状態で大学の陸上部の一員になりました。

大学は、親元を離れ寮生活となりました。

寮に入れば過食症も自然と治るだろうと思っていました。

しかし、そうは甘くなかったのです。

先輩や同期の人たちはみな優しく、すぐに打ち解けることができました。

私が今まで走ってこなかったのは坐骨神経痛のせいで練習ができなかったと言い訳をして、そのせいで太ったのだといいました。

周りの人はみんな何も疑うことなく、受け入れてくれました。

もちろん、入学したと同時に走ることはできませんでした。

走る努力はしました。

でも、やはり坐骨神経痛は治っていなく、置いていかれる毎日にストレスを感じ、過食が始まりました。

部屋は二人部屋で、同居人がいない時を見計らってスーパーへ行き大量にお菓子からパンから買い占めて、隠しながら部屋に持っていき食べる。

そのまま、トイレに直行して、誰もいないことを確認して吐き出す。

トイレは、寮全員で共同であったため、誰かが入ってこないかを気にしながら吐くようにしました。

そんなことを気にしているとすべて吐ききることができず、あきらめて寝てしまいました。

寮に入ってからは、体重を測るのをやめました。

面倒くさくなりどうでもよくなりました。

するとみるみると体重は増えていき気づけば50キロを超えていました。

やばいと思いながらも吐くことをやめられず、エスカレートしていきました。

ちょくちょく走れるようになっていき、重たいからだを揺らしながら少しだけ走る。

足への負担は大きいものでした。

軽くしか走っていないのに、すぐにケガをしてしまう。

このままではだめだ。痩せないと。過食嘔吐をやめよう。

何度も何度も決意して、徐々には少なくなってきたものの、ストレスが溜まってしまうと再び食べ吐きを繰り返します。

そして今に至ります。

今は大学二年生です。

今私が願うことは、私が摂食障害に陥っていることを周りの人に気付いてほしい、ということです。

誰かが、私を救ってくれないかと期待しています。

私はもう一度、全力で走りたいです。

もっともっと大学生活を楽しみたいです。

自分のことを好きになり、誰かのことを好きになりたいです。

自分を好きになる努力を

空に上がる気球を見つめながらぼーっとしている女性出典:We heart it

摂食障害とは、本当につらい病気です。

そうならないためにも、自分が好きなことを見つけてください。

自分を好きになってください。人を好きになってください。

自分が幸せになる方法を考えてください。

人生は一度きりしかないのだから、自分のために生きてみるべきだと思います。

願わくば、摂食障害に苦しめられている人々に、幸せが訪れますように。

written by かでかで

Top image via Weheartit

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