NICOLY:)[ニコリー] コンプレックスの悩み解決・応援サイト

医師が教えるコンプレックス解決サイト
監修済記事:1035記事

メルマガ登録

2016年05月19日 更新 | 5,287 views

「痩せてさえいれば何もかもうまくいく」そう勘違いした私がとった行動は…… [体験談]

失恋が原因で、過激なダイエットを始めた私。気がついたら摂食障害に陥り、自力で食事をとることは不可能になっていました。母の支えもあり食事療法や精神安定剤の摂取を開始。死に物狂いで摂食障害と戦った私がたどりついた現在の姿とは……。

長い階段に戸惑っている女性出典:We heart it

わたしは、小さなころから自分の体型にずっと悩み続けてきました。

母からはぶたちゃんと呼ばれ、弟や兄からもデブと言われる毎日……。

しかし今考えてみれば、母はわたしを可愛がってくれて、ぶたちゃん、と愛情を込めて呼んでくれていたのだし、弟や兄も、わたしが嫌がる反応が面白くてそう呼んでいただけにすぎません。

実際、そのころのわたしの写真を見返しても、少しぽっちゃりとしているだけでそれほどデブではありません

洋服だってサイズ問題なく入るし、二十顎にだってなっていないのです。

それでも当時のわたしはとにかく、自分がデブなのだと思い込んでいました。

女子校での6年間

ベットで勉強中に睡魔に襲われている女性出典:We heart it

自分がデブだと思っていた小学生時代でしたが、中学にあがり、私立の女子校に進んでからはそれほど悩まなくなりました。

女子校という特殊な環境だったからだと思います。

周りに男子学生がおらず、女子学生だけ。

それだけ女子が集まれば、太っている子、痩せている子、大人っぽい子、子供っぽい子……様々な女子が集まります。

その中でわたしは、自分より太っている子はそれなりにいる現実を目の当たりにして、体型がそれほど大切ではない、それよりも勉強ができるかどうか、何か他の人よりも誇れるものがあるか、が大切だと思うようになったんです。

このころはかなり精神的にまっすぐに育ったと今でも思います。

学校の先生方には感謝しかありません。

無事、六年間を女子校で過ごし、大学は第一志望のW大学に合格しました。

しかし、再び男子がいる共学へと進むことで、わたしはまた自分の体型について深く苦しむことになるのです。

大学生活のスタート

タートルネックセーターにうずくまっている女性出典:We heart it

希望の大学に進み、わたしは自信と希望がいっぱいで大学生活をスタートさせました。

大学では久しぶりの男性との接触もあります。

わたしは男性のイメージが小学校のころのままだったので、男性が急に優しくなったり、紳士的になったりしているのにかなり驚きました。

はじめは緊張しましたが、すぐにほかの女の子たちと同じように気軽に会話できるようになりました。

そしてなんと、わたしのことを好きだと告白してきてくれる男性もいたのです。

ゼミやサークルの先輩、あるいはバイト先の先輩……。

今なら、大学に入ってみんな必死で彼女を作ろうとしているから、わたしにも声をかけてきてくれたのだとわかるのですが、そのときは、急にきたモテ期?に驚いて、とにかく断ってしまいました。

実際告白してくれたことはありがたいけれど、どう考えてもわたしが好きになれそうな男性ではなかったんです。

それに、周りにはわたしよりも細くてきれいな女の子がたくさんいます。

わたしなんて、デブなのに、どうして……という気持ちばかりが先行して、結局すべての告白を断っていました。

体型のせいで、ものすごく自信がなかったんです。

大学生活を過ごすうちに、もちろん、いいなあ、と思う男の子はできたのですが、そういう男の子に限ってもう彼女がいたり、ほかに好きな女の子がいたりしていました。

好きになってくれる人と好きになる人が被ることって、なかなかないんだなあ、難しいな、と感じたのを覚えています。

片思い

ベンチで彼氏と笑顔で楽しそうにしている女性出典:We heart it

そんなふうに、告白され、断る……ということを続けていた日々だったのですが、ある日わたしにもついに、どうしても諦めたくない大好きな人ができました。

それが、カフェでアルバイトをしている時に知り合ったバイト先の先輩でした。

そのカフェは、小学校のころからの友人に紹介してもらって入ったバイト先でした。

カフェで働いてみたかったわたしは、毎日素敵な制服を着て、素敵な空間で働くことができて、楽しくて仕方ありませんでした。

店長も優しく、怖い先輩もおらず、友人もいる、いうことなしでした。

そして、先輩の中で唯一男の先輩だったTさんのことが、気がつけば好きになっていたのです。

Tさんは、周りの人みんなに、

「俺、彼女募集中なんです!」

と公言しているほど、あっけらかんとしていて、優しい人でした。

わたしとTさんと、友人の三人でシフトを組むことが多かったのですが、わたしは友人にいつもTさんがいかにかっこいいか話していました。

Tさんがこんなことをしてくれた、こんな言葉をわたしにかけてくれた……など。

些細なことも友人に報告して、片思いを存分に楽しんでいました。

友人は、そんなわたしの話をいつも笑顔で聞いてくれていました。

友人の裏切り

警戒しながら遠くを見つめている女性出典:We heart it

ある日、友人とバイト上がりに一緒に帰宅していると、友人が思いつめた表情で、

「ごめん、隠してたことがある」

と言いました。

わたしが

「どうしたの?」

と尋ねると、友人は、

実は一か月くらい前からTさんと付き合っていること、わたしとはずっと仲良くしていたから言い出せなかったことを話し出したんです。

わたしはびっくりして何も言えませんでした。

とりあえず友人に、

「Tさんに告白されたの?」

と聞くと、友人は首を横に振りました。

自分から告白したのだと、白状しました。

わたしが友人にTさんの素敵なところをたくさん話すうちに、どうやら友人もTさんのことが好きになってしまったようでした。

わたしはそのまま友人と別れ帰宅し、Tさんに電話をしました。

真偽を確かめたかったのです。

Tさんは本当に友人と付き合っていました。

しかも、友人はわたしのことを本当に大事な人としてとらえているから、できればこれまで通り友人と仲良くしてほしい、とまで言われました。

思春期になって、初めて本気で好きになった人を友人にとられて、好きな人からはその友人と仲良くしろと言われる……毎日バイトへ行くのが辛くて仕方ありませんでした。

そのうち、大学の授業の関係でカフェのバイトを続けることが難しくなり、2人とは離れることができました。

バイトをやめてから、わたしはしばらく考え込みました。

今思えば、精神的ショックが大きすぎてまともに物を考えれない状態だったと分かるのですが、そのときは大真面目に、

Tさんを友人にとられたのは、わたしが太っているからだ

と、結論付けました。

実は、友人はわたしよりもほんの少し、ぽっちゃりしていたんです。

だから、Tさんがわたしを太っているとみなしていたとは考えにくかったのですが……

まともな思考回路でなかったわたしは、Tさんは友人の太り具合に気が付いていない、わたしがもっと痩せて綺麗になれば、わたしのほうに気持ちが傾くかもしれない、という理論だっていないことを考え、ダイエットを決意しました。

それから少しずつ、わたしはおかしくなっていきました。

過酷なダイエット

ヘルシーなグリーンサラダとパン出典:We heart it

大きな精神的ショックのせいもあって、わたしの体重は面白いほど落ちていきました。

ダイエットとしてやっていたことは、具体的には朝と昼しか食べない、その中でも肉類、脂質、油、たんぱく質、甘いものを食べない、というものでした。

生の野菜をドレッシングなしで食べることくらいしかしていなかったので、当然、痩せます。

もちろん、食べたいという欲求がありました。

甘いお菓子は元々わたしの大好物です。

チョコレートも食べたい、ケーキもアイスも食べたい……。

でも、わたしはそれらの画像やレシピなどを熟読して、食べたいなあ、でも、食べちゃダメだ……と毎日我慢していました。

体重が急激に落ちてゆくにつれ、ドーパミンのようなものがでていたのだと思います。

親からも心配され、食べなさいと毎日怒られました。

しかし私はかたくなに母が作った料理を拒み、自分でサラダばかり食べていました。

わたしは痩せている、今はショートパンツも堂々とはけるし、ビキニだって着れる。

その優越感と快感で、まともな思考ができませんでした。

鎖骨が飛び出て、あばら骨が透けて見えるようになりました。

髪の毛もキシキシとした不快な手触りのものに変わり、目のくまが目立つようになりました。

明らかに、病的な細さです。

そのようになっても、わたしは、まだ自分が太っている、痩せる必要があると思い込んでいました。

骨と皮だけになった身体

お気に入りのダメージボトムとスニーカー出典:We heart it

ダイエットを始めたのが秋で、急激に痩せたのが、冬でした。

骨と皮だけになったわたしは、バイトもせず、毎日家のストーブの前にうずくまっていました。

脂肪がないからとにかく寒いのです。

ストーブの前にうずくまりながら、家にあるレシピ本をなめまわすように見つめ、

食べたい……でも食べちゃダメ、でも食べたい……

とばかり思っていました。

かろうじて大学には通っていましたが、大学に行くとほとんど昼ご飯をぬいていました。

その分朝家で食べるのですが、その朝ごはんの量が尋常じゃない。

人の何倍ものサラダを食べるのです。

食べすぎて気持ちが悪くなっても、まだ食べていました。

昼も夜も食べないんだから、今のうちに食べておかないと、あとで空腹になる……

そう思って、吐きそうになったり、腹痛を感じるまで、食べ物を胃につめこんでいました。

母には、

ちゃんと生の野菜だけではなくて、お腹にたまるもの……ご飯を食べなさい、

とあいかわらず言われていましたが、すべて無視していました。

母の作った料理を食べない、母に怒られる。

毎日がその繰り返しです。

そのうち、精神的におかしくなっていたわたしは、母にも嫌われたと思い込みました。

好きな人からも好かれず、親である母からも嫌われ、いつも何か食べたいと思い、でも食べることは許されない……。

毎日、そのことに絶望し、どこかの宗教に本気で入信しようと思ったくらいでした。

どこかすがるものがなければ、自分はこれ以上生きていけないと本気で思ったんです。

摂食障害を知る

夜の街を不機嫌そうに歩いている黒髪ロングヘアーの女性出典:We heart it

誰からも好かれず、死ぬまで「食べたい、でも食べちゃダメ」ということだけを考えて生きていくくらいなら、今すぐ死にたい……もしくは宗教に入りたい……そんなふうに毎日過ごしていました。

冬が過ぎて春になり、夏になると、今度は暑さで貧血ばかり起こし、まともに外を出歩くことができなくなりました。

家でじっとして、スマホをいじってレシピサイトを見て過ごす日々。

本当に、それしかしていませんでした。

そんな時、たまたまスマホに表示された広告に、摂食障害の文字がでてきたんです。

摂食障害? なんだろう?

そんな軽い気持ちで摂食障害の言葉を検索。

すると、わたしの症状とあてはまる項目ばかり……。

自分が摂食障害という病気なんだと、初めて気がついた瞬間でした。

気がつけば、涙が出ていました。

自分が病気になってしまったこと、病気だから、治そうと思えば、治るのだということ。

今の自分の状態を抜け出せる方法が見つかって、よくわからない涙がでました。

自分ひとりでは治せないと思い、すぐに母にわたしは摂食障害という病気かもしれない、と告白しました。

母も摂食障害の項目を見て涙を流し、

一緒に治していこう

と言ってくれました。

でも、摂食障害は、すぐに治るような病気ではありませんでした。

険しい道のり

髪の毛にウェーブをかけた女性出典:We heart it

わたしはまず、摂食障害で有名な心療内科に向かいました。

母にもついてきてもらい、初めは二人でカウンセラーの方に会いました。

わたしは泣きながら自分のこと、恋愛のことなどを話しました。

カウンセラーの人はすべて話を聞いてくれ、優しい言葉をかけてくれました。

摂食障害は完璧主義の人に多いようです。

自分を厳しく制することができる人、甘やかすことができない人が、気がつけば摂食障害になってしまうことが多いと聞きました。

もう少し、自分に許してあげるところを増やすことから、始められるといいね。

と言っていただきました。

まずは食べちゃダメ、という気持ちをなくしていこうとしてみること、がわたしのなすべきことでした。

そして母は、

食べなさいという言葉は逆効果だから、そっと見守っていてあげてください、

とカウンセラーの先生から助言をもらっていました。

さっそく家に帰って、夕飯の時間になりました。

母は、わたしに何なら食べれそう?と聞いてくれ、わたしは久しぶりに母のカレーが食べたかったので、カレーと答えました。

わたしと母は席について、一緒に食べようとしました。

ところがです。

わたしのスプーンを持つ右手は、どうしても、カレーを口の中に入れることができなかったのです。

食べていい、食べてもいいんだよ、

と必死に自分を言い聞かせても、頭のどこかで、

食べちゃダメだ、

と声がするのです。

わけがわからなくて、わたしはまた泣きました。

そして、カレーのおいしそうな匂いに、なぜか吐きました。

おそらく、おいしそう、食べたい、でも食べちゃダメだ、ううん、食べてもいいんだよ、いや食べちゃダメだ、と自分の中でたくさんの声がケンカした結果、混乱してしまったんだと思います。

この病気を治すには時間がかかるということを、身をもって実感した瞬間でした。

薬と食事療法

人気のお店でランチを楽しんでいる女性出典:We heart it

わたしはそのころ、まずは食べてもいいんだよ、ということを常に言い聞かせていました。

でも、やはり、いきなり肉やバター、甘いものを食べることはできませんでした。

だから、ささみや、卵、納豆、少量のオリーブオイルなど、体に良いというものを自分で調べて、納得したものを少しずつ食べるようにしていました。

それでも食事をしてしまった、とパニックになったときには、デパスという精神安定剤を処方してもらいました。

また母もいろいろと調べてくれて、原宿にある食事療法を行ってくれる病院へも行きました。

薬ではなく多量の栄養サプリメントで、栄養が枯渇してる体にたっぷりの栄養をそそぎこみ、少しずつ食べたい衝動や食べることに対する執着をなくしていく、という手法でした。

栄養サプリメントは高額でしたが、母がすべて出してくれ、わたしは少しずつ治療を始めていきました。

そうして少しずつ、わたしの摂食障害はよくなっていきました。

吐き癖がついていなかったのも功を奏したのだと思います。

はじめはいくら食べても太らなかったのですが、少しずつ体型がふっくらしていきました。

太ることについては怖さしかなかったのですが、前のように、食べ物のことばかり考える状態にだけは戻りたくないと思い、必死で太っても大丈夫、と自分に言い聞かせていました。

摂食障害になってしまったら

テラスで待ち合わせしている友人を待っている女性出典:We heart it

3食思い悩まず、みんなと同じように食べ物を食べられるようになったのは、摂食障害になってから2年が経過した、大学2年生のときでした。

そこからまた2年かけて、大学を卒業する頃には食事を楽しめるまでに回復しました。

いま思い返してみると病気になった原因は、精神状態が不安定なときにダイエットをしてしまったことです。

そして治った一番の理由は、周りの人の理解と協力があったから。

実は大学を卒業するころ、人生で初めて彼氏ができました。

今、わたしはその時できた彼と婚約しています。

自分を愛してくれる人を見つけて、友達にもすごく安定したねと言われるようになりました。

もちろん、母の協力も必要不可欠でした。

あのとき、母の協力がなければ、いつまでも食べることの恐怖がぬぐえなかったかと思います。

親でも親友でも彼でも。

外見から内面まで、すべて自分を愛してくれている人と出会う、あるいは、自分を愛してくれているんだと気がつくことで、摂食障害は確実に治る病気へと変わるのだと思います。

Written by bilderbuch87

Top image via Weheartit

他の体験談も見てみる!NICOLYコンプレックス体験談

※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

関連するキーワード

注目の記事

【大人気】ブログより詳しい!整形の痛みやダウンタイム・術後経過すべて見せます!美容整形体験レポートシリーズ

【大人気】ブログより詳しい!整形の痛みやダウンタイム・術後経過すべて見せます!美容整形体験レポートシリーズ

NICOLY編集部では、カウンセリングから術後経過までの画像がたっぷりの、美容整形体験レポートを公開しています。切らないプチ整形から、脂肪吸引まで読み応え十分。NICOLY編集部いちおしの記事です。随時更新中!

45900 views | 整形二重脂肪吸引脂肪溶解注射

カテゴリ一覧

この記事のライター

本日のアクセスランキング

いまNICOLYで人気の記事

話題のキーワード

いまNICOLYで話題になっているキーワード

専門家ライター募集

NICOLYで記事を執筆していただける医師を募集

NICOLYでは「コンプレックスで悩んでいる人を笑顔に」というビジョンのもと毎日記事を更新しています。信頼性の高い記事を出し続けるために、記事の執筆をしていただける医師を募集しています

専門家ライター募集フォーム

編集者募集

NICOLYで記事を編集してくれる編集者募集

NICOLYでは「コンプレックスで悩んでいる人を笑顔に」というビジョンのもと、一緒に働いてくれる編集者を募集しています。

編集者募集フォーム

関連する記事

この記事に関連する記事をピックアップ