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2016年11月24日 更新 | 32,623 views

両親との決別、夫の自死。子宮頸がんクラス3と診断された私が二度の出産を乗り越えるまで

不妊治療の相談で行った産婦人科で子宮頸がん検診を勧められ受けることにしました。結果は、まさかのクラス3a。がんへ移行する可能性のある軽~中度異形成でした。家に帰り子宮頸がんをネットで調べてみると「遊び人」の病気だと書かれており愕然とします。そんな中、再検査の結果が出る前日に、なんと妊娠が発覚するのです。

「子宮頸がん検診」との出会い

子供が欲しい。

でも、生理不順。基礎体温をつけてみてもイマイチつかめない。

結婚して3年が経とうとしていた20代後半のある日、わたしは思い切って地元の産婦人科に電話をしました。

「妊娠を希望しているんですが、生理不順気味で…」

わたしより後に結婚した人がわたしより先に妊娠・出産を遂げていく。友達から「妊娠しました」のメールをもらうたびに人知れず泣き崩れ、ぶつけどころのない悲しみに打ちひしがれる生活からどうしても脱出したかったのです。

わたしもとうとう不妊治療を始めることになるのかな…

そんなことを考えながら産婦人科に予約の電話を入れていたとき、電話に出られた先生に勧められました。

どうせだから、子宮頸がん検診もしませんか?市から通知が届いていますよね。無料で受けられるので、診察の時にはその通知も一緒に持参してください。」

そういえばそんな通知が来ていたな、まだ家にあったっけ、処分しちゃってないかな…と思ったものの、電話を切ってから探してみると意外と簡単に見つかりました。

開封はされていましたが、いつ開封したのか、中身にちゃんと目を通したのかは覚えていません。ただ、やはりその通知を見ても「ああ、あったあった」くらいにしか思いませんでした。

わたしの目的は「生理不順を治す」ことであって、子宮頸がん検診ではありませんでしたから…。

いざ産婦人科へ

女医さんが診てくれる、地元でも少し名の知れた産婦人科。

キレイな個人病院。さほど混雑もしていない。

ここにしばらく通うことになるんだろうな…と思いながら順番を待ちました。

診察室では、基礎体温票を渡して問診を受け、まずはしばらく基礎体温をつけてその都度持参・通院するという話で妊娠希望の件についてはまとまりました。

そして『オマケ』の子宮がん検診。

内診台に上がったのはこのときが人生で初めてでした。

特に痛みもなく、ほんの一瞬で終了。先生の話では「綿棒で擦り取った子宮頸部の細胞を検査します」とのこと。痛くないはずです。

2週間後に検査結果が出るとのことで、次回の予約をして帰宅。

かかった費用は、妊娠希望の相談で1,000円程度でした。

まさに「まさか自分が…」

2週間後、検査結果を聞きに産婦人科へ。

そこで、わたしは目の前が真っ暗になりました。

検査結果がねえ…グレーゾーンだったんですよ。どっちともいえない、グレーゾーン。

検査結果は「子宮頸部異形成クラス3a」。これは「軽~中度異形成」というものです。

検査結果は以下のようになっています。

  • クラス1(正常):異常なし
  • クラス2(良性異常あり):良性、心配する必要はない程度の異常あり。十分自然治癒する。
  • クラス3a(軽~中度異形成):擬陽性、やや悪性の可能性あり。ここから数%はがんへ移行する。
  • クラス3b(中~高度異形成):擬陽性、かなり悪性の可能性あり。ここから50%はがんへ移行する。
  • クラス4(上皮内がん):ほぼ悪性、上皮内がんの疑い。
  • クラス5(湿潤がん):悪性、湿潤がんの疑い。早急な治療が必要。

わたしが指摘されたのは3a。

こうしてみれば「がんへ移行する可能性は数%」ですから、さほど驚く必要はないかもしれません。

しかし、健康ではないことは確か。しかも、今はがんでなくても数%であれがんへ移行する可能性もある

突然身の上に降りかかってきた「がん」という病気。

大袈裟かもしれませんが、なにも考えられなくなりました。

がん、大病、入院、吐き気や脱毛を伴う放射線治療、命の危険…

そんな言葉が頭の中をぐるぐる巡っていました。

「クラス3aだと、再検査の対象です。もう少し詳しい検査をしましょう」

先生に言われるがままに内診台へ。そして再検査。

初回の検査は「細胞診」といって、前述の通り綿棒で細胞を擦り取るもの。 今回の再検査は「組織診」。これは、子宮頸部の細胞を「つまみ取る」のです。

したがって、痛い。とても不快な痛みが身体の中を突き抜けます。

組織を採取している間、先生は「ごめんね、痛いよね、ごめんね」と言っていました。

痛みと悲しみの中、先生の謝る声が内診室にひんやりと響いていました。

わたし、がんかもしれないんだ…。

痛みに耐えて歯を食いしばりながら、頭の中は「がん」の二文字で埋め尽くされていました

検索魔になる

車に乗り込んでから、出張中の夫に電話をしました。

「検査の結果が出たんだけど、わたし、がんかもしれない。」

夫は言葉を失っていました。が、

「えっ、えっ…でも、大丈夫なんでしょ?」

なにからどう聞けばいいのかわからない、といった雰囲気の夫がそう聞いてきました。

「わかんないよ、どうだかね。今病院終わったところだから、帰ったら調べてみる。再検査もしてきたしね」

家族も含め他人に弱いところを見せるのが極端に苦手なわたしは、さも全然大丈夫といった口調でそう言うと電話を切り、自宅へ戻りました。

しっかりしなきゃ、しっかりしなきゃ…

帰宅するなり、何時間もPCに向かっていろいろなワードで検索しました。

子宮頸がん、クラス3a、原因、治療、予後、余命…

命の心配をしていたわたしにとって、意外な検索結果が次々と目に飛び込んできます。

「子宮頸がんは99%以上の割合でセックスで感染するHPV(ヒトパピローマウイルス)が原因」

「性衝動の激しい若者が罹患する傾向」

「きちんと避妊していないゆえに感染する」

「風俗嬢に多い」「遊び人」「尻が軽い」「セックスできれば誰でもいいという女がかかる病気」…

頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた気持ちになりました。

子宮頸がん。命の心配をするほど心配していたのに、原因がこのありさま…。

わたしは結婚している。夫以外の人との性交渉など持つわけがない。当然男遊びなんてしていない。

それなのに…

世間では子宮頸がんをこういう目で見ているんだ、子宮頸がんは恥ずかしいことなんだ…と思うと、自分が薄汚れた存在にすら感じられました。

このときは、まだこの検索結果を鵜呑みにすることしかできませんでした。

当然、誰にも相談できません。

本当は、そんなことないのに。

夜になるたびPCに向かって検索魔になり、調べ進めれば調べ進めるほど不安に押しつぶされそうな日々が続きました。

でも、こういった間違った知識が、子宮頸がんにかかった人を精神的に追い詰める結果になっていると感じています。

ただでさえつらいのに、恥ずかしいという気持ちが先行してしまって誰にも相談できない。それが災いして一人で抱え込むことになってしまっては、身体だけではなく心も病んでしまう。

この病気の正しい知識が世の中に伝わらないのは、こういったデマが一人歩きをしているからです。近年はかなり子宮頸がんに関する真実も広がってきてはいますが、わたしが悩んでいる頃はまだまだ「恥ずかしい病気」としての意識が定着していました。

再検査の結果が出る前日に、なんと…!

明日は再検査の結果が出る。どうだろう…とドキドキしながら過ごしていたわたしですが、同時に体調の変化を感じていました。

身体が火照ったように熱く、のどの渇きが止まらない。そういわれてみれば、生理も来ていない。

もともと生理不順だったので生理が来ないのはいつものことだと思っていたのですが、ふと思い立ってドラッグストアへ。

買ってきたのは妊娠検査薬。

そして、その妊娠検査薬がまさかの陽性反応を示したのです

え!え!?妊娠!?

まさか、このタイミングで!?

翌日、再検査の結果を聞きに行った時「実は昨日、妊娠検査薬が陽性反応で…」と先生に伝えました。

再検査の結果もやはりクラス3a。そして妊娠検査もやはり陽性。

個人病院であるこの病院では万が一の際に対応しきれないかもということで、市内の総合病院の紹介状を書いてもらいました。

妊娠したのは本当に嬉しい!不妊治療でしばらく通う気でいたのに、なんたる偶然!!

けれど、「クラス3a」を考えると、もろ手を挙げて喜ぶことはできませんでした。

ただ、ようやくやってきてくれたお腹の赤ちゃんのためにも、絶対乗り越える!と決意を新たにしました。

この瞬間からわたしは早くも「母」になった気がします。「母は強し」という言葉がわたしを後押ししてくれました。

転院、そして妊婦検診と子宮頸がん検診の結果

里帰り出産を希望していたわたしは、妊娠後期に入るまでは紹介状を書いてもらった総合病院で妊婦検診と異形成クラス3aの経過観察を受けることになりました。

しかし、ここでうれしい出来事が。

妊婦検診の一環で行った子宮頸がん検診の結果が「クラス2」に改善されていたのです。

もろ手を挙げて喜ぶとはまさにこのこと。

よかった!これで安心して出産に臨める!!と足取り軽く帰宅したのを今でもよく覚えています。

その後の妊娠経過も順調。検査結果がクラス2であったために経過観察もなく、実家近くの大学病院へ転院。予定日より4日遅れて元気な女の子を出産しました。

でも、このときはまだこの先わたしの身の上に起きる壮絶すぎる出来事など想像もしていませんでした。

壮絶な人生の幕開け

「壮絶な人生」の入り口の扉が開かれたのは娘が生まれてまもなく。

長らく心を患っていた夫の自死でした

母一人娘一人となったわたしは、自分の実家の手も借りながら毎日を過ごしていました。決して裕福ではありませんでしたが、少しばかりの蓄えを切り崩しながら娘とともにつつましく暮らしていました。

娘が1歳半を過ぎた頃。

それまでは自分のことは二の次三の次で一切見返ることはなかったけれど、娘もだいぶ手がかからなくなってきたし、そろそろいいだろう…と思い、久々に子宮頸がん検診を受けようと思い立ちました

そこで、近所に住む実母に「子宮頸がん検診を受けに行きたいから、その間だけ娘を預かってもらえないか」と相談すると、ものすごく怪訝そうな顔をした実母がわたしに言いました。

えっ、なんでそんなもの受けるの!?もし病気が見つかったらどうするの?病気が気になって子育てどころじゃなくなっちゃうじゃない!わたしだったら子供が成人してから受けるわね」

実母はわたしに「子宮頸がん検査なんか受けるな」と言っているのです。

実母は、『いかなる理由があっても自分の子供を他人に預けて自分一人の時間を過ごすことは許されない。子供が成人するまでは母は子供に尽くすべし』という考えの持ち主でした。

わたしがいくら「わたしは過去の子宮頸がん検診でひっかかったことがあるから」と説明しても聞く耳持たず。

検診で内診台に上がることを考えると、本当はその間だけでも実家が娘を預かってくれると助かるな、と思っていたのですが、やむなくわたしは娘を連れて子宮頸がん検診へ行くことにしました。

小さな個人病院の産婦人科は声がほとんど筒抜け。白衣を着た人が苦手で大泣きする娘をなだめ、他の患者さんや先生に平謝りしながら検診を終えました。

「進行しています」

後日、また娘を連れて産婦人科へ検査結果を聞きに行きました。

そして、そこでまた「目の前が真っ暗になる」を経験したのです。

クラス3bです。やや進行しています

前回検査を受けたのは、妊婦検診の一環で受けたときだから、2年ちょっと前… あの時はクラス2だったのに、今はクラス3b…!?

クラス3bは、先生によって見解が異なります。

数ヶ月に1回の経過観察で大丈夫という先生もいれば、手術を勧める先生もいる。

クラス3のグレーゾーンは、先生の対応もいわばグレー。

わたしが受診したこの先生は、経過観察でよいとのことでした。

3ヵ月後にまた検査しましょうということになり、産婦人科を後にしたわたしは「あの時、実母の言うとおりに検査を受けていなかったら…」と思い、背筋の凍る思いをしました。

人生の転機と手術の決意

3ヶ月が経過しました。子宮頸がん検診の再検査です。

わたしはこのとき、ひとつの決心をしていました。

今回の結果がクラス3a以上なら、手術をする。

このとき、わたしには新しいパートナーがいました。

未亡人であること、子持ちであること、子宮頸がんと隣り合わせで生きていることをすべて受け入れてくれた男性です。

彼との結婚の話もあったので、「入籍するまでに、わたしの体内から子宮頸がんになる可能性をなくすこと。それがせめてもの彼への誠意だ」と思ったのです。

そう考えると、今まで恐れていた気持ちが嘘のようになくなりました。

クラス3a?3b?子宮頸がん?どんと来い!手術して取ってやる!

検査結果は、案の定クラス3b。これでわたしの心は確定です。

先生は「無理に手術をしなくても…」とおっしゃっていましたが、わたしの決心は固い。

総合病院の紹介状を書いてもらって病院を後にしました。

覚悟をもってしても、やっぱり…

都内某総合病院。

転院し、数週間前にこの病院で行った検査結果を聞くために、わたしは待合エリアのベンチに座って待っていました。

名前を呼ばれ、診察室に入っていく。

もう、手術すると覚悟は決まっている。だから、怖いものは何もない。はず、でした。

しかし、向かい合って座る先生の表情が、なんとなく曇って見えたような気がしたとき、いやな寒気を感じました。

「検査結果なんですが…あまり好ましくないようです。

すでにがん化している可能性も否定できません。

もう一度検査をして、できるだけ早い段階で手術をする準備をしましょう。 早いほうがよさそうです」

組織所見

手術をすると心に決めていたけれど、子宮頸がんの一歩手前である「異形成」であると思っていたこともあり、改めて「がん」と言われるとやはりショックは隠せません。

それも「早いほうがいい」と言われると、なおさら緊迫感を煽られるようでした。

どうしよう、がんかもしれないんだ…

手術で取りきらなかったらどうしよう…

わたし、死ぬのかな…

娘の成人した姿、見られるのかな…

ちゃんとしなきゃ、しっかりしなきゃと思っていたはずなのに、やはり動揺していたのでしょう。

帰路についたわたしは乗る電車を間違えてしまいました。

それも、3駅ほど進んでからようやく気付く始末。

心細い。でも、負けてはいられない。心配だけど、やるしかない。

窓の外は冷たい木枯らしが吹いていました。

まさかの「手術拒否」!?

再検査の結果も同じ。やはり上皮内がんの可能性が拭い去れないとのこと。

時は12月。手術ができる曜日も限られているし、子宮頸がんの対応について比較的有名な病院だったので、手術の予約はどんどん埋まっていく。

「年内に手術ができる日はこの日だけなんです、他の日はもう予約がいっぱいで…」と指示された日時に手術の予約をして、手術の同意書を手に帰宅しました。

たかだかA4の書類が2,3枚。なのに、ものすごく重く感じる。

出るものはため息ばかり。ため息と一緒にHPVも出て行けばいいのに…

自宅へ帰る前に、実家へ直行しました。

「やっぱり早めに手術しないとまずそうなんだって。4,5日入院する必要があるんだけど、その間(娘)を預かってもらえないかな。子連れ入院ができないから…。 手術の日は年内だとこの日しか空きがないから、一応予約もしてきたんだけど…」

実父と実母に、そう相談しました。

本当はこんなことで両親に心配かけたくなかった。でも、こういうことになってしまった以上、健康体を取り戻すためにはやむを得ない。問題はわたし一人で解決できないレベルに膨れ上がっている。

他人に甘えることが極度に苦手なわたしが、それでも思い切って、親に心配と迷惑をかけるのを覚悟で切り出したのです。

しかし、両親の回答は耳を疑うものでした。

「えっ、なんでそんな日なの!?その日は忙しいから無理」

「そうだな、その日は無理だ。わかるだろ」

そうなんです。その日、手術の日は、招待されている実母の甥(わたしの従弟)の結婚式の3日後でした。

まさかの返事に、わたしは面食らうのみ。

しかし「今のこの忙しい空気を読んでいないわたしが悪いんだ…」と思い、なにも言い返せないまま自宅へ戻りました。

そして、病院に年内の手術予定日をキャンセルする電話を入れました。

「一生恨みます」

その日の夜、娘を寝かしつけた後にわたしはパートナーに電話をしました。

先生が早めに手術したほうがいいって言うから、年内で唯一空いていた日に予約したんだけどさ…、わたしの両親、その日はダメだって。従弟の結婚式に招待されてる直後から、それどころじゃないって。

なんかさ…わたし、死ねって言われてるのかな。わたしの病気より、従弟の結婚式のほうが大事ってことだよね。もう死ぬしかないのかもね…

と、ここまで話したところで涙が止まらなくなりました。

すると、普段からとても穏やかでほとんどで、なにがあっても激高することのない彼が受話器の向こうで怒鳴り始めました。

「お前、それでいいのかよ!?もし手術を先延ばしにして手遅れになったらどうするんだよ!?親のこと恨むんだろ?一生恨むんだろ?恨むだけならいいよ。でも、恨んだところで手遅れだったら何の意味もなさねえんだよ!

お前が死んで困るのは誰だ?お前の娘だろ!しっかりしろ!言いたいことはちゃんと言って来い!

いいか、他人の親をけなすつもりはないけど、お前の親は間違ってるぞ。ちゃんと言え。指摘して来い!状況をよく考えろ、こっちを優先しろ、そうでないと一生恨んでやる!ってな!!

それでもガタガタ言うようなら、俺が(娘)の面倒を見る!お前はとにかく手術してこい!!」

わたしより年下で婚姻歴もない、遠く離れたところに住んでいる彼が会社を休んでわたしの娘の面倒を見ると言ってくれている…。

まだ籍も入れていないわたしのため、そして娘のために、自分の時間をわたしたちに割こうとしてくれている。まだ「他人」なのに…。

他人がここまで心配してくれているのに、自分の実親がなぜ心配してくれない?

やっぱり親がおかしいんだ。わたしはおかしくない!

彼の言うとおり、後悔したくない。娘の成長をちゃんと見守りたい。もっともっと生きたい。

医者が「早く」と言っているんだから、その見解を優先すべきだ!

電話を切った後、わたしは実母にメールしました。

「やはり年内に手術を受けようと思います。医師が早くと言っているんだから、その指示に従います。申し訳ありませんが、なんとか都合をつけてください。あなたがたの言うことを聞いていては、手遅れになるかもしれない。わたしは今後子供を生むことができない身体になるかもしれない、最悪の場合は命を落とすかもしれない。そうなったら、わたしは一生あなたがたを恨みます」

しかし、翌日病院に「やはり年内に手術をしたい」と電話をしましたが、手遅れでした

すでに他の方の予約が入ってしまったそうです。

仕方なく年が明けてすぐの日程で手術予約をしましたが、1ヶ月も先。

ああ、わたしの人生は終わったかもな…と思いました。

病気を取るか「命」を取るか

手術の10日ほど前、わたしはまた体調の異変に気付きました。

なんと、第2子。彼の子供を妊娠していたのです

これにはさすがにびっくり。すぐに病院へ行って検査してもらうと、やはり妊娠初期でした。

今回の手術をするとなると、妊娠は継続できません。妊娠の継続を希望する場合、子宮頸がんの進行に関する保障はできません。ただ、どのみちここの病院では妊婦検診をすることができないので、もっと大きな病院へ転院することにしましょう」

子宮頸がんに長けている先生がいる。妊婦検診も受けられる。

万が一の場合は「トラケレクトミー(広汎性子宮頸部摘出手術)」といって、子宮を残したまま子宮頸部だけを摘出する手術…つまり子宮を全摘出せずに済む手術も行っている。

ここに全てを賭けよう!と思い、わたしは都心の大学病院を指定しました。

1週間後、大学病院を受診。

そこでとても頼もしい言葉をいただきました。

「大丈夫。お腹の赤ちゃん、生めるよ。見た限りでは、まだがん化はしていないと思う。経過観察をしながら妊娠継続しましょう」

わたしが心の中で決めていたことを、まさか先生の口から言ってもらえるなんて…

貪欲に行こう!欲しいものは全て手に入れる!いらないものはすべて排除する!!

お腹の赤ちゃんの命は守る!子宮頸がんは体内から殲滅させる!

絶対に実現してやる!

ひとつ、疑問に残ったことを先生に尋ねてみました。

「以前の病院では、子宮頸がんに進行している可能性も否定できない、早急に手術が必要と言われました。先生によって見解が違うのはなぜでしょうか?本当に手術をしなくても大丈夫なんですか?

すると、先生は丁寧に教えてくださいました。

「『明らかに問題なし』『明らかにがん』は、誰が見ても同じ診断になる。

でも、少しでもHPVの所見があれば、それがどのクラスに相当するかを診断しなければならない。

それは、数学界に置き換えてみると「0.5を0とするか1とするか」のような判断になることもある。

数学の『四捨五入』を考えれば、0.50は1になるし、0.49は0になるかもしれない。 でも、その差は0.01。ほとんど誤差のようなもの。でも、これを0にするか1にするかで見え方は全然異なってくるよね。

「0を越えたらすべて1にしましょう」という保安的な考え方もあれば、「0.5は四捨五入すれば1だけど、1に至るまでにはまだ余裕があるので0にすべきだ」など、どれも間違っていない考え方が存在する。

謝った判断をしないために、病理診断担当は基本的に1人で診断を行うことはせず、複数人で検体をチェックして議論して、それでクラスが決められるんだよ。

それに、その病院にどういった設備が整っているかによっても判断が変わることもある

前の病院では、あなたは手術相応の症状と判断されたけど、うちの病院ではまだ大丈夫と判断した。それは、あなたに「まだ大丈夫」と診断ができるだけの設備が整っている証拠でもある。

前の病院の設備が悪かったというわけではなく、患者さんの意向にあわせて、患者さんには自由に病院を決める権利がある。

だから、あなたの症状は、偏った見方を行った結果で軽くなったわけじゃない。あなたが目的を持ってうちの病院を選んだんだから、我々はあなたの希望を叶えるだけの努力をしますよ。それが医師ですから」

心ない言葉と実親との決別

事態が事態なだけに、実母には連絡をしました。

「わたし、妊娠しました。手術はキャンセルになりました。お騒がせしてごめんなさい。

でも、転院先の病院は設備も整っていて、現状であれば妊娠継続が可能と医師にも言われています。だから、出産を前提で経過観察することになりました」

実母は呆れたように、ため息混じりに言いました。

「あんた…何やってるの?子宮がんなんでしょ?それなのに子供なんか作ってるの?何やってるのよ、本当に…。そんな病気になってるくせに…」

わたしは黙って聞いていました。実母の言うことも間違っていないと感じたからです。

それでも、心の中は悲しみと怒りでいっぱいでした。

「子供なんか作ってる」「そんな病気になってるくせに」…

それに、わたしはまだ子宮頸がんだと決まったわけじゃない。それなのに「子宮がんなんでしょ?」って…。

子宮頸がんかもしれない身だったら、大切な人とセックスはしてはいけない?

きちんと避妊していても不備があるかもしれないと疑って、セックスは絶対に避けるべき?

答えはNoです。子宮頸がんの疑いであっても、避妊をすればもちろんセックスは可能

今回の件に関して言えば、正しく避妊をしたのに失敗してしまったわたしに責任はある。間違いなく、わたしの責任。

ただ、そこまでの自分の甘さを医師に相談して、医師は大丈夫だと言ってくれた。

わたし自身の命が脅かされるのであれば、今いる娘のためにも今回は諦めなければならないのかもしれない。しかし、医師が大丈夫だと言ってくれている。

であれば、お腹の赤ちゃんの命の責任を取りたい。出産して、この世にこの赤ちゃんを迎えたい。

これはきれいごとではない。むしろ、手汚い話かもしれない。でも、「大丈夫だ」と言われている命を諦めることはできないし、しない。

そう説明しても、実母には理解してもらえませんでした。

まあ、わたしだったら堕ろしなさいって言うわね」実母はそう言い捨てました。

その瞬間、わたしはカッと頭に血が上りました。

わたしが小学校4年生のとき、実母がわたし・弟に続く3人目の子供を妊娠しました。

しかし、その時実母は体調が芳しくなく、妊娠継続は難しいかもしれないと医師に言われていました。

わたしはそれが悲しくて、どうか赤ちゃんに生まれてきて欲しくて、地元の地図を広げて見つけた「子育地蔵」に言って、お賽銭を入れて手を合わせてきた記憶があります。

実母の健康と安産を祈願した小学校4年生のわたし。

そんな自分が情けなくさえなりました。

「お母さんだって、あの時体調を崩しながらも妹を妊娠してたじゃない…。もう少し、わたしのこの不安な気持ちをわかってもらえると思ったけど…」そういうと、さらに実母はぶっきらぼうに言いました。

「まあ、わたしは結局健康だったから」

耳を疑いました。

わたしだって好きでこんな病気に悩まされてるんじゃないのに…

もうダメだ、と思いました。

なにを言っても伝わらない。どう伝えても、否定ばかり。

わたしは実親から「親の愛情」が欲しかった。もしかしたら、という淡い期待を持って今まで実母と接触を試みていたけれど、もう無理。

生まれて30年近く、貧しく忙しい両親を気遣い、二人の妹と二人の弟の世話を率先して手伝うことで、両親からの愛情がわたしに向くように密かに頑張ってきた。でも、もう無理。

愛情をもらえるどころか、浴びせられるのは心をえぐられるような言葉ばかり。

これ以上この実親の近くにいるとわたしは精神的にも肉体的にも崩壊してしまうと悟り、実親と決別することにしました。

経過観察、妊娠継続、出産、そして手術へ

妊娠中は出血量が多くなるため、患部をつまみ取る「組織診」はできません。

そのかわり、まめに綿棒で組織を擦り取る「細胞診」を行ってもらいました。

結果はクラス3b相当が続いたものの、特に重篤な症状や進行が見られることもなく、至って普通にマタニティライフを送ることができました。

精神的に安定していられたのも、やはり設備の整った大学病院と腕のある医師がいてくださってのことだと思い、とても感謝しています。

その後の流れとして、この大学病院は自宅からやや遠かったので、出産が間近になってからは自宅近くの個人病院へ転院して出産。

出産後1ヶ月後の検診に問題がなければ、大学病院へ戻って子宮頸がんの手術をすることになりました。

わたしの症状としては、さほど心配する必要はないとのこと。

子宮頸がんの疑いとは言っているけれど、まあまずがんになっていることはないと思いますよ。この程度なら、日帰り手術で対応できます」と説明されたときは涙が出るほどうれしかったです。

地元の個人病院で、予定日より4日早く元気な男の子を無事出産。

もちろん普通分娩。痛い痛い陣痛を乗り越えて、健康な妊婦さんとなんら変わりなく出産を遂げました。

その後の体調も特に問題なし。1ヶ月検診も問題なくパス。

手術の日取りも決まりました。さあ、HPVともいよいよおさらば!

待ちに待った日がやってきます。

手術案内

拍子抜け…?

手術の日、彼は仕事を休んで付き添ってくれました。

手術の間、子供たちを預かってもらうためです。

病院に着く前に、ハンバーグレストランで景気づけ。

手術は正直ドキドキするけれど、「怖い」と思う必要はない。だって、治療しに行くんだから。

治しに行くんだから!

いざ、手術に臨む時がしました。

まず、痛み止めの座薬を先に入れておきます。

手術室の扉を開くと、まずはテレビのある小さな待合室。そこで同行者に待っていてもらいます。

もうひとつ先の扉を開くとロッカーがあり、身支度をします。

ブルーの手術着に着替え、白いヘアキャップをしてさらに奥へ。

いろいろな機械がある広い無機質な手術室で、右腕には血圧計、左手では脈を取り、 ピッ、ピッと心拍計の音が鳴る…

  • テレビドラマで見るような手術室の光景でした。*

自分の足で手術台にのぼります。

手術そのものはものの10分程度でした

麻酔はなし。我慢できる程度の鈍い痛みがしばらくあった程度。

あの程度の痛みなら余裕で我慢できる。この程度ならいつもの組織診のほうが痛いくらいだ、と感じたほどです。

出血もほぼなく、術後も自分の足で歩いて普通に帰ることができました。

ようやく、終わりました。

進行してたらどうしよう…手遅れだったらどうしよう…」と悩む日々がとうとう終わりました

生まれ変わったような気分。目の前がとても明るい。

術前と術後の景色はまったく違う世界に見えました。

ちなみに、わたしが行った手術は「子宮頸部レーザー蒸散術」

文字通り、患部をレーザーで蒸散する日帰り対応手術です。

患部が焼かれてしまうために病理診断ができないというデメリットがありますが、入院するほど大袈裟ではない症状・面積の場合に比較的よく適用される手術で、日帰り手術が可能ですから患者さんの負担も軽く済みます。

また手術の効率もよく、1人あたり30分1枠で、1日あたり複数人の手術も対応可能。

拍子抜けしました。こんなに簡単なんだ、こんなに「流れ作業」なんだ…と。 そういわれてみれば、わたしの前にもわたしの後にも別の患者さんがいましたから、この病に悩む人が意外と多くいるんだなとも感じました

子宮頸部レーザー蒸散術の説明文書

その後

未亡人、年上、子連れ。いいところなんて何ひとつないわたしが彼のためにできる唯一の誠意「HPVを体内から除去すること」が実現できました。

そして、待ちに待った彼との入籍。

前の夫との間に生まれた娘、そして彼との間に生まれた息子とともにやっと「家族」になれました。

術後検診も良好。「問題ありません」と太鼓判をもらえました。

以来、1年に1回の子宮頸がん検診を続けています。

手術以降、検査結果はいつも問題なし。

その後第3子も授かり、現在は3児の母になりました。

自分の健康は家族の笑顔のために絶対必要。「自分はどうなってもいいから…」と思う気持ちもわからなくないけれど、予防できるがんだからこそ自分のことを粗末にしてはいけないなと思うようになりました。

過去の笑い話…とはいえませんが、今日「わたしの身の上に起きた大病の経験談」として話せるようになりました。

子宮頸がん。なんとなく耳にしたことがあるけれど、自分の身に起きるわけがないよねと甘い考えでいた自分にふりかかった「自分の命の期限を直視せざるを得ないかもしれない」事実。

「遊び人がかかる病気」という間違った知識が先行している世の中…

“恥じるべき病”という誤解が広まりすぎているせいで、誰にも相談できず、一人で悩むしかなかったあの日。

そして、そんな誤解を持った人が限りなく身近に居て、心無い言葉をかけられて激しく傷ついたあの日…

今では、思い出話として語ることができます。

むしろ、わたしのこの経験を話していかなければならないと感じています。 同じように悩む人が一人でも減るために。

おわりに

ZARDの故・坂井泉水さんは子宮頸がんから遠隔転移がみられたそうです。

タレント・女優の原千晶さんも子宮頸がんに罹患され、手術で対応したものの再発と転移がみられ、結婚前に子宮全摘出と抗がん剤治療をされていました。

また、格闘家・高田延彦さんを夫に持つタレント・向井亜紀さんも、妊娠とともに子宮頸がんが発覚。妊娠を継続しながら治療するものの、向井さんの命の危険が伴ってしまったため、妊娠継続を断念。妊娠16週にて子宮全摘出…つまり、堕胎とともに子宮を失っています。

このように、著名な方々も多く罹患している子宮頸がん。

それでありながら、まだまだ正しい情報も広まっているとはいえず、検診の受診率も低い日本

危機意識が薄すぎると感じています。

検診に行くのなんて面倒だから、なんて考えは言語道断、もってのほか。 かかってからでは遅いのです。

子宮頸がん検診を受けないなんて、信号のない交差点を渡るようなもの。ちょっと先まで行けば信号があるのに「あの信号まで行くの面倒。今なら車も少ないから渡れるよ」と、目の前の危険を理解していながら今の楽チンさを優先するようなものです。

そこで突然大型トラックが突っ込んできてはねられたらそれで終了。

危険を回避する明確な方法があるのに、その手段をとらない理由はなんですか?

命が危険にさらされたとしても、面倒くさい選択肢は選びたくありませんか?

子宮を取らなきゃいけないかもしれない…

もう赤ちゃんを産めないかもしれない…

死ぬかもしれない…

そんな不必要な心配から逃れるために子宮頸がん検診は不可欠。

罹ってからでは遅いです。

子宮を失う前に。抗がん剤で髪を失う前に。命を失う前に。

1年に1回の検診を受けるだけで、守れるものはたくさんあります。

※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

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