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2016年07月01日 更新 | 3,245 views

吃音になったのもひとつの"縁"。言葉が出ないもどかしさから私が学んだこと[体験談]

20歳を過ぎたある日、私は急に言葉を発せなくなってしまいました。務めていた会社も電話対応が出来なくなって退職しました。原因不明のまま、何とか吃音のカウンセリングを行っているところを探して予約。その頃は家族とすら会話が出来ない状態で、カウンセリング当日は筆談でした。安心感から自然と涙が溢れてきました。

正面を見つめている顔がシャープで青い瞳の女性出典:We heart it

もう20年以上も前の体験になりますが、今振り返ってみてもこの頃はとても辛かった時期でした。

今まで何ともなく会話をしていたのですが、ある日突然、

「声が出ない……いったい何なんだ?」

と自分でも理解しがたい症状が現れました。

焦って言葉を出そうとすればするほど、最初の一声すら出てこないのです。

「だだだだだ……あああああ……」

本当にこんな感じでした。

勤務していた会社も退職せざるをえないほどです。

当時は事務職員としての勤務だったのに、電話にすら出る事が出来なくなりました。

本当にひどいものでした。

症状が出ていた最初の方は、何とか吃音症状を隠す様にして勤務しておりましたが、ついに電話が鳴って受話器を取っても、

「はい、○○会社でございます。」

の一言が出てこなくなり、

「はい……(沈黙)」

といった状態になっていました。

こうした状態で仕事を継続する事は困難だと自覚し、自己退職の道を選ぶ他ありませんでした。

突如現れてきた、吃音。

原因も分からないままの退職となりました。

退職してからの自分

目を閉じて悲しみをおさえながら電話をしている女性出典:We heart it

吃音症状を抱えて仕事も失ってしまったとき、このままではどうにもならない、治療をしてくれるところはないのか?と考えました。

当時は、まだインターネットもない時代でしたので、電話帳で真剣に探しました。

そして、吃音の症状のケアも行っているカウンセリングを見つけました。

ですが、当時はまだメールなどない時代。

電話で、この自分の状態を説明するしかありませんでした。

当然言葉を出す事が非常に困難な状態だったので、「会話が成立しているのか?こちらの言っている事が正確に伝わっているのか?」と不安でいっぱいでした。

自分としては話そうとしても、

「あああああ……あああああ……」

「あののののの……」

となってしまい、全く伝えると言う作業になっていませんでした。

電話をしている事すら申し訳なく感じて、自分の存在価値すら否定する様な状態になっている事に気が付きました。

しかし、先方はやはりプロで、当時電話で担当してくださった女性は、吃音障害の辛さをわかってくれて、

「症状は理解できますよ」

「あなたから、何もお話をする事はしなくて大丈夫ですよ」

「出来れば、ファックスでお名前と連絡先を頂ければ」

と対応して頂き、全く電話では会話になりませんでしたが、こちらの意図を正確にくみ取って下さる事でカウンセリングの予約を取る事ができました。

初めてのカウンセリング

建物の中で窓際に立っている金髪の女性出典:We heart it

ファックスを送信して、カウンセラーさんとの会話が始まりました。

そして、カウンセリングに行くまでの2週間は、家族との会話が全くない状態のまま生活していました。

この2週間の事は20年経った今でも鮮明に記憶しておりますが、家族と会話をしたくても言葉にならないので、完全に筆談で会話をするしかありませんでした。

家族にすら言葉を聞き取って貰う事が困難な状態になり、自分の気持ちの置き所がなかったのです。

こうして、2週間後のカウンセリングに行きました。

外に出る事すら怖く感じました。

「誰かに何か話しかけられはしないか?」

予期せぬ不安ばかりが先行している心理状態でした。

こうした心理状態ってとても苦しいですね……。

一見、自分は何の障害もない様に見えるのですから、一言話しかけられると、当時は全く言葉にならないので、

「えええ?この人何なの?」

他人からしたらそんな感じだったと思います。

こうした状態のままで、地下鉄に乗りカウンセリングルームに行きました。

ここまでの道中がとても長かったのを記憶しています。

移動中の電車内でも隣の人が怖く感じていました。

そして、やっとの思いで初めてカウンセリングを行いました。

今ですら吃音に関する知識って、世間的にはまだまだ配慮が足りないと思えますが、当時は20年も前の話。

こうした世間では、吃音だと社会参入すらままならないときもありました。

このとき、こうした症状を理解してもらう事の難しさを勉強させられました。

カウンセリング体験

赤い花の香りを感じている女性出典:We heart it

自分の気持ちを赤裸々に話す機会は、人生の中でなかなかありそうでないものですよね。

私も当時は、自分の気持ちを自分の中に封印する事が多かったように思います。

なぜ、自分が吃音症状になってしまったのか?

自分でも不思議に感じていましたが、何の前触れもなく突然吃音になってしまったのですから、もう自分の力ではどうしようもありませんでした。

そして、カウンセラーを前にすると、何の言葉を話したわけでもないのに、目を見た瞬間から自然と涙があふれてきました。

「ここに来れば、もう大丈夫なのだ」

そう思えた事を覚えています。

とても気持ちが安定したのだと思います。

この人は自分をわかってくれる。

きっと、当時の私はこの人なら何でも話して大丈夫なのだと思えたのですね。

ですが、気持ちとは反対に、話したくても上手く声が出ませんでした。

「初めまして」

の一言すら出ませんでした。

「ははははは……」

この「は」すら出ないのです。

ここではまずは筆談での会話となりましたが、筆談でのカウンセリングを行う中で気持ちの重さは取れ、少しだけ気持ちが軽くなっていきました。

受診する中で感じた事

微笑みながらポーズをとって正面を見つめている女性出典:We heart it

こうして何度もカウンセリングにお世話になる事で、自分の性格の傾向性を理解する事が出来る様になってきました。

自分を大切にすることで、吃音症状の回復に必ず繋がると信じて、当時の生活を1日1日送っていた事を覚えています。

自分の心の赴くままに生活する事にしました。

寝たいときに寝ること、休める環境の提示を自分で行うこと、今やりたいことだけやること。

こうして自分がリラックス出来るように考える事を頑張りました。

期間限定で、こうした時期を持つ事で、必ず完治する事が出来ると自分で決めて吃音障害克服に向けて取り組みました。

なかには、こうした自分に対して冷たく見る人もいました。

ですが、吃音の辛さは自分が1番理解していると思っていましたので、人の目や意見は良い意味で無視していました。

こうした自分の態度も振り返るとよかった様に思います。

人の考え方は実に色々ですよね。

ありのままの自分を自分が受け入れる事によって、必ず良い方向に進むと決めていました。

当時の生活・仕事の仕方

ベットの上で勉強をしている様子出典:We heart it

吃音の症状が落ち着いてくる時期を待っている期間は、無収入の状態でした。

この無収入という事も心理的には宜しくないのでしょうが、当時は独身でしたので、自分の事だけを考えていればよかったのが幸いでした。

自分にとって、今はお金を稼ぐ事より、作業的に自分が満足できる事をしたいと思いました。

そこで、内職をする事にしました。

内職を選んだ理由としては、数が目に見える事でした。

達成感を味わう事がしたかったのです。

お金より、やりがいを見つける事で自分の価値観を認める材料にしたかったのです。

そこで、お菓子の箱折の内職をさせてもらう事にしました。

好きな音楽をかけながら、自分のペースで行う事が出来る内職作業をさせてもらう事で、心理的な安定を得る事が出来ました。

不思議にも、寝ている時間が多かった生活が、内職をする事によって起きている時間を長くする事に繋がっていました。

この体験はとても財産でした。

吃音になり、落ち込んでいた状態が箱折という作業をする事で、自分にもできる事があるとわかったのでしょう。

自分の存在価値の構築のひとつになったのでしょうね。

こうして、内職をする事で徐々に日常生活に張り合いを持つ事が出来ました。

吃音状態を抱えたままでも、自分には出来る事があるのだと分かった事がとても大きな意味をもたらす結果になりました。

人って、自分の居場所を持つ事で元気になれるものだわかりました。

人に認めてもらうより……

夕日に当たりながら座って正面を見つめている女性出典:We heart it

人の人生において、転んでしまう時期はきっと誰にでもあるのだと自分の吃音障害の体験を通して勉強する事が出来ました。

なぜ、20歳という1番まぶしい時期とも言える時代に、話をする事すらままならない「吃音」と言う障害になってしまったのか?

自分でも、この体験はとても悲しい思いもしましたが、20年が経った今となっては、こうした体験はとても貴重なものだったと思えるようになりました。

吃音になったことで、自分の思い通りにならない現実の苦しさを実感しました。

言いたい事すら言えない状況で、募るイライラ感によって、家族を苦しめてしまった時期もあります。

もう生涯、この吃音で勤務できる会社はないのでは?私の人生このどうなってしまうのか?

本当に先の見えないトンネルに入ってしまったかの様に感じる期間もありましたが、この辛い体験を通し、自分の人生において吃音で誰とも話す事が出来なかった事を経験出来て良かった、と今では言い切れます。

人は苦しい経験をする事で、人の気持ちを理解出来るものだと思います。

今では、吃音障害が全く嘘の様に会社勤務が出来る様になりました。

電話対応が楽しくてたまらなくなっています。

自分の気持ちをコントロールする事で、必ず吃音という障害は克服出来ると思いました。

言葉が出ない時期があってもいいのです。

なかなかその最中にいると、辛さはよく理解出来るので、軽い気持ちでも言えませんが。

必ずひらける時が来ます。人生ひらける時は大きくひらいていけるものです。

現在吃音で苦しんでいる人にとっては、今という時期がとてつもなく辛い時期に感じる事と思います。

私はそうした方々の気持ちに寄り添っていきたいと思います。

必ず元気に話せる時期が来ますから、自分を信じて今の生活で頑張れる事だけを考えて生活してもらいたいです。

絶対に、克服できる瞬間があるのですから。

たくさん周りにいる方々の力を借りて、乗り越えて欲しいと願っています。

吃音を含めて、人生いつどんなタイミングで自分にとって苦しいと感じる事が起こるかわかりません。

こうしたときこそ、一人にならないでください。

良い意味で、人を巻き込んで助けて貰うことで乗り越えていけるはずです。

人は人の中でこそ成長できるものだと、自分の吃音障害の体験を通して実感することができました。

私は吃音障害を発症した後も、精神病に苦しむ時期もありました。

20歳から現在40歳になりましたが、こうして言わばコンプレックスとも思える障害で苦しむ事の方が多かったですが、そんな私も現在はNPO法人の代表として、精神障害者の方を中心に雇用し、作業所を提供する仕事を起業できるようになりました。

こうしたことも、振り返ると吃音という症状を発症したことの「ご縁」だったと思います。

written by こう&かんかん

Top image via Weheartit

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