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2016年11月24日 更新 | 1,216 views

自分のなりたい性に必ずなれる。胸を殴るほど自分の性が嫌いだった性同一性障害の私[体験談]

私は生まれた頃から、幼稚園の時から自分が女の子であることが許せませんでした。親には男っぽい自分の事が理解されず、怪奇な目をされました。性同一性障害という言葉を知ってから、自分の中の性の矛盾に悩まされ誰にも相談出来ずにいました…。そんな私の今までの半生と、なりたかった自分へ近づけたことをお話します。

体は女、しかし心は男に生まれてきた私

モノクロ女性出典:We heart it

現在29歳の私は今、ネット通販会社で事務員をしています。

これまでの人生、決して穏やかとは言い切れない日々でした。

私は母から生まれた時の性別は女の子でも、心は男の子だったのです。

自分の事を「男」だと思い始めたのは、幼稚園の頃からでした。

私立だったので制服があり、女の子はスカート、男の子は短パンと決められていたのです。

私の体は女の子なので、当然のように幼稚園のある日はスカートを穿かなければなりませんでした。

でもスカートを穿くと何だか心がムズムズして、背筋に嫌な汗が出てきてしまうのです。

一度母に

「○○(この時は自分の事を名前で呼んでいました)も、ズボンの方がいい」

と言った事があります。

けれど母は変な顔をして、

「でも○○ちゃんは女の子だから、スカートを穿かないといけないよ」

と言っただけでした。

私は「女の子はスカートじゃないと駄目なんだ、じゃあ、男の子になればズボンを穿けるんだ」と思ったと記憶しています。

そして母に、

「男の子になりたい、○○、男の子の方がいい」

と言ったら、母は怒って、

「幼稚園行きたくないからってワガママ言わない!」

と私を強く叱りました。

それからは「男の子になりたいと言ったら叱られる」と感じ、上手く言い表せられないモヤモヤ感を我慢したまま、スカートを穿いて過ごしていました。

幼稚園がある日はスカートじゃないといけない、でも休みの日や家に帰ったらズボンで過ごせるので、本当にホッとしました。

両親も、

「どうしてスカートが嫌なの?」

と聞いてくる事があったのですが、まだ幼い私には、

「ズボンの方が好きだから」

としか答えられなかったのです。

幼稚園では制服着用でしたが、小学校は公立だったので私服でした。

でも入学式は母が用意したフリルのついた可愛いスカートがどうしても嫌で、キュロットで妥協したのです。

この時両親が、私を「得体の知れない怪物」でも見るような目で眺めていたのをハッキリ覚えています。

小学生になってから思い知らされる自分の性

膝立て女性出典:We heart it

小学校へ登校するのは私服でいいので、私はここぞとばかりにズボンで行っていました。

周りの女の子達も、動きやすいからとズボンを穿いている子もちらほらといたので、悪目立ちする事はなかったのです。

でも先生から女の子は「○○さん」、男の子は「○○君」と呼ばれる事、プールで女の子用の水着を着なければいけない事、女の子は女の子用のお手洗いへ行く事が苦痛でした。

私はどうして自分を女の子扱いされる事がこんなにも嫌なのか解りませんでした。

でも子供ながらに

「この気持ちを誰かに言うと、お父さんお母さんのように変な目で見られてしまう」

と感じて、黙っていたのです。

小学生の低学年まではまだまだ女の子も男の子も一緒に遊んでいるので、私は周りから何も言われませんでした。

だから休憩時間や放課後に遊ぶのはいつも男の子と、木登りやかけっこ、エアガンなんかで遊んでいたのです。

でも、4年生からは様子が違いました。

男の子と女の子、別々で遊ぶ事が多くなったり、私が仲の良いクラスメイトの男の子に話しかけると、女の子からは

「○○君の事、好きなの?」

なんて言われるのです。

そんな事を言われても、上手く答える事が出来なくて、言葉を濁している内に

「○○さんは××君の事が好き」

といったいわれ方をされる事もありました。

5年生になると、どんどん自分の胸が膨らんできました。

母に

「そろそろブラジャーつけないと、あんたは女の子なんだから可愛い下着も買ってあげるね」

と言われた時は、嫌悪感が強かったです。

せっかく母がブラジャーを買ってきてくれても、私はそれを付けた瞬間、吐き気がしてしまいました。

学校の保険の授業で、女の子と男の子で別れてそれぞれの体について学ぶのですが、その時も「どうして女であるという事にこんなに嫌な気持ちになる」のか、不思議でした。

授業の終わりに生理用のナプキンが配られたのですが、持っていると私が女であると認めてしまう気がして、家に帰ってすぐ捨ててしまいました。

しかし生理は嫌でもやってきます、初潮が来た時は、本当に本当に辛かったです。

子宮なんていらない、胸なんていらないと自分で自分の胸やお腹を殴っていました。

こうして段々と自分が女である、という事を認識させられる日々が、嫌で嫌で堪らなかったのです。

高校生の時に「性同一性障害」を知る

髪の濡れた女性出典:We heart it

中学校に上がると、今度はまた毎日制服を着なければいけない日々がやってきた、と憂鬱な気持ちでいっぱいでした。

しかし体は女なんだからスカートを穿かないと怒られる、という事は昔から解っていたので、嫌だと思いつつも我慢していたのです。

でも時々嫌悪感が吐き気や熱として体調に出てしまい、学校を休む事が多々ありました。

胸は、元々痩せ型だったのがストレスで食べなくなったからか、AA位しかありません、でもこれが凄く嬉しかったです。

生理もストレスのせいか不順気味で、3か月来ない事もありました。

生理がないと自分は女だと思い知らされなくていいので嬉しいのです。

でも生理が来ないと母が心配するので、毎月生理が来たように装って、未使用のナプキンを汚物入れに捨てたりと偽装工作していました。

その度に「どうしたらこの嫌な気持ちを失くせるんだろう」とずっと悩んでいたのです。

そんな私が性同一性障害という言葉を知ったのは、高校に入ってからの事です。

丁度その頃、金八先生のドラマで上戸彩さんが性同一性障害を持つ生徒役を演じていました。

そのドラマを観た瞬間、

「私が自分の性について悩んでいたのは、これだったのか」

と知ったのです。

それまで携帯は持っていてもネット禁止だったので、丁度高校生からネット解禁して自分用のPCを買ってもらった事もいいタイミングでした。

ネットで性同一性障害の事を調べていく内に、スカートが嫌、女扱いされるのが嫌、女としての自分が嫌だというモヤモヤ感は、これだったのかと理解出来ました。

そうすると「ああなんだ、そういう事だったのか」と心が落ち着いたのです。

でも病院で診断を受けた訳でもないので、この時は確定とは言えません。

それに「性同一性障害」だとはとてもじゃありませんが、両親にもそして友人にも相談する事は出来ませんでした。

恋愛対象は「女性」、という事に悩む

パープル出典:We heart it

性同一性障害、体は女で心は男である私には、もう1つ誰にも言えない悩み事がありました。

それは「恋愛対象が女性」という事です。

体は女でも心は男だから、女性を好きになるのは自然な事だと、今大人になってからは理解出来ます。

でも幼稚園の時も、小学校、中学校の時もずっと好きな人は女の子だったので、

「もしかしてレズなのかも」

と悩む事もありました。

男性に対しては恋愛感情は湧かず、例えば顔のカッコイイ人なら憧れだったり、自分もあんな風に男らしくなりたいという憧れの気持ちや友達になりたいという親愛の気持ちだけです。

でも女性に対しては、可愛い、守りたい、触りたい、キスしたい、交際したいといった恋愛感情が湧くのです。

高校生になり性同一性障害かもしれないと思い初めてからは何となくその事に納得できました。

でも女性なのに女性が好きという人は周りに一切いなかったので、自分だけ異端なのだと悩んでいたのです。

友達と恋愛話しになっても自分の好きな人の事を言えない、誰とも付き合えない、という事から私は影でずっと「レズ」だと噂されていた事を知っています。

友達が教えてくれたからなのですが、本当の事を言えばもっとイジメられると思い、何も言えませんでした。 ただ

「えー、私レズじゃないよ、恋愛対象は男だもん。でも今は好きな人いないだけ」

なんて、白々しい嘘をついていたんです。

20歳の時に1人で精神科へ

逆さま女性とシャボン玉出典:We heart it

20歳になるまでは我慢の連続でした。

女としての自分を受け入れられなくても、我慢して我慢して自分に嘘をついて過ごしていたのです。

でも20歳になった時、意を決して家から何駅も離れた場所にある、知り合いの誰も来ないような精神科へ行きました。

精神科で何度も何度もカウンセリングを重ねました、その結果、「性同一性障害の疑いあり」と診断を貰いました。

しかし精神科の医師は

「ご両親も連れてきて下さい」

とばかり言って、そして精神安定剤を処方するだけです。

話は聞いてもらえても

「でももしかしたら間違いかもしれないし、よく考えて」

と言われます。

よく考えても解らないから精神科へ行っているのにと、凄く悲しくなりました。

私の悩みは女である事、そしてどうしたら男になれるかという事です。

でも私がいくら男になりたいと願っても、医師は

「ご家族とよく相談して」

と止めます。

最初に行った精神科以外にも転々としましたが、どこも

「相談して」「よく考えて」

とばかり言いました。

意を決して両親へ相談するも、叱られるだけ

寝そべった女性出典:We heart it

その頃の私は、工場でアルバイトをしていました。

高校卒業後は大学へ進学せずに、工場アルバイトを見つけ週4~5日、8時間程度働いていたのです、それを20歳まで続けていました。

両親はバイトではなく正社員雇用として働いてほしかったようですが、特に何も言ってきませんでした。

家にちゃんとお金を入れていた事、自分の欲しい物は自分の給料から買っていた事が良かったのかもしれません。

特別仲がいいという訳ではありませんが、1人っ子という事でとても大切に育ててもらいました。

でも父も母も私を「女の子」と思っていて、まさか性同一性障害を抱えているなんて、思ってもみなかった事でしょう。

私はある日、子供の頃から女じゃなくて男になりたかった事や、女である事にとてつもない嫌悪感が湧く事等、そして男になりたい事を伝えました。

すると両親はまたあの「異物を見る目」をして、その日から私の事を無視するようになりました。

悲しくて、どうして解ってもらえないんだろうとショックでしたが、両親もきっとショックだったのでしょう。

それを当時通っていた精神科医に相談すると、一度話をするので病院に連れてくるように言われました。

それまでその先生の事は何だか事務的だし、あまり好きではなかったのですが、その通りにしました。

すると最初は病院へ行くのも嫌だと言っていた両親が、先生の話を聞いて私に

「ごめんね」

と謝ってきたのです。

今まで嫌な思いをさせてごめんね、男の子に生んであげられなくてごめんねと言われ、私も涙が出ました。

名前はそのまま、だけど少しずつ変わっていく生活

握手出典:We heart it

私の本名は、例えば「優(ゆう)」のような、男性名とも女性名とも取れる名前です。

この名前はそのまま、家では父も母も私の事を代わらず「優」と呼んでくれます。

病院へ行って以来、両親は私を女扱いしなくなりました。

ただ、食事を抜いて胸の脂肪を落とそうとしたり、生理不順をそのまま放っておく事は駄目だと叱られたので、ちゃんとご飯を食べてストレスも溜めないように気を付けました。

生理が来る事が嫌ならピルを飲んだらと母から言われ、ピルを通販で買って飲むように勧められたりもしたのです。

母は私にもう「スカートを穿いて」なんて言いませんし、父も私に「もっと可愛い恰好をしなさい」とも言いません。

私は男性に見えるような短い髪、ズボンばかりの服でも何も言われない事がとても嬉しいです。

更に、両親と私と精神科の医師で相談して、とうとう乳腺組織の摘出手術も行いました。

これは25歳の時で、両親は悩んだと思いますが、

「なりたい貴方になれるなら」

「術費を自分で用意して、後悔しないなら」

と認めてくれました。

乳腺組織の摘出手術とは、男性のように胸を平らにする手術です。

私はAAサイズと小さいバストですが、それでも少しでも膨らんでいるのが嫌だったので、この手術を受けました。

脂肪吸引法ではまた元に戻るかもと思ったので、切開法で更に小さくしたのです。

これにより、かなり平らなバストになりましたから、ブラジャーをつけていなくても目立たないようになりました。

また、子宮の摘出手術や腟閉鎖の手術、陰嚢形成も考えています。

これらは体に負担がかかる事、そしてお金が必要な事から、今はまだ様子見をしている所です。

もしもこの手術を受ける事が出来れば、私は更に男性の体へと近づく事が出来ます。

そして戸籍の「女性」「男性」へと変更するには、幾つか条件があり、その条件の為にもこうした手術は必要不可欠なのです。

戸籍を変更するには20歳以上で、現在婚姻していない、未成年の子供がいない事が挙げられます。

そして重要なのは、生殖腺が無いもしくは生殖腺機能を永続的に欠いている状態である事、他の性別に係る性器に近似する外観を備えている事です。

最初に挙げた3つの条件よりも後の体に関わる2つの条件を満たしていなければ、戸籍変更の申請が出来ません。

現在29歳の私はまだまだ男性としては未完成で、会社でも女性として扱われています。

本当は男性として「○○君」と呼んで欲しい所ですが、不特定多数の人がいる場所で、そういう事はお願いしにくいですね。

ですから、人前での一人称は「僕」ではなく「私」、髪型や服装は女性らしい物ではなく男性とも取れるようなシンプルでユニセックスな物にしています。

でも、それだけでも以前よりはかなり生きやすくなりました。

段々と、なりたかった自分へ近づいているのです。

性同一性障害という事は仲の良い男性の親友1人、そして両親しか知りません。

いつか完全に男性になった時に、もうちょっと信頼してこの事を話せる人が増えていればいいなと思います。

性同一性障害に悩んでいる人へ

高所の女性出典:We heart it

今、体は女性だけど心は男性だという事に悩んでいる人は、諦めずにいれば必ず自分のなりたい性になれると、そう思ってほしいです。

自分がなりたい性に、必ずなる事ができますし、そしてその手段も沢山あります。

そして、体は女性だけど心は男性でも恋愛対象は女性ではなく男性、といった人もいるのです。

貴方はちっともおかしくありませんし、変な事ではありません。

カウンセリング、手術や戸籍変更、そして着たい服を着てしたい髪型でいるといった事で、きっと貴方もちょっとは生きやすくなるでしょう。

written by ココア1224

Top image via Weheartit

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