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2016年09月08日 更新 | 1,477 views

人と目を合わせられない......あがり症から対人恐怖症に!病院に行くことが克服への第一歩だった[体験談](2)

「人が恐いのに人が恋しい。」人が恐くて信用できないのに、明るい自分を振る舞う日々。就職活動を機会に、勇気を出して精神科に行くと、「あなたの性格だ。」と軽く流されてしまいました。結局、就職は全勝全敗。故郷に帰ることもなくキャバクラで働いていましたが、徐々に引きこもりになっていきました。

引きこもって寝てるだけの毎日

女の子出典:weheartit

キャバクラの店からなる呼び出しの電話の音。

適当に電話番号を教えた客からかかってくる携帯の音。

全てから逃げたくて、ずっと布団の中に入っていました。昔から布団の中は唯一の安全地帯。

もうこのままずっと外の世界にでないでいよう。

明日起きたらどうか目覚めませんように。

そう思いながら、たぶん2か月ほど閉じこもっていました。お腹がすいてどうしようもなくなったら近所のコンビニにパンを買いに行くだけの生活。

自分のダメな部分も、どうにかしなきゃいけないこともわかっているのに、どうして何もできないのだろう。

ずっと抱えてきた「恥ずかしい」という思い。それは誰のせいでもなく自分が作り出した状態だとも、本当はずっと前からわかっているのに。

死にたくても死ぬこともできずに、ただ逃げている自分はひたすら恥ずかしいんだと。

なんどか鎮痛剤を3箱飲んで自殺を図ったこともあります。

耳が薬剤難聴で聞こえなくなっただけで、やはり目覚めてしまう。

絶望の中、母から電話がありました。

「仕事、どう?」と。

「ごめん。職場が合わなくてやめちゃった。」

母には電気メーカーの事務職をしていると伝えていたのですが。怒られるのかな…...と思っていると、

母が「帰ってきたら?」と。

初めて母の愛を感じられた瞬間でした。

故郷に帰り就職から結婚

小さい女の子出典:weheartit

久しぶりに故郷に帰ってきて、家があること、食事があること、家族がいることがどれほどありがたいことか実感しました。

当たり前だと思っていたことこそが自分の甘えであったとひどく痛感しました。

もちろん両親に何かを話すことは一切ありませんでしたが、温かいご飯を用意してもらい、そこにいてもいいと言ってもらえることが親の愛なんだと思いました。

相変わらず人と会うと、顔が真っ赤になり、声は震え、汗はとまりませんでしたが、東京の大学を卒業していることから契約社員として雇ってもらえることになりました。

その職場は研究職の方ばかりだったので、全般的に不器用な人が多く少人数で、顔を見て話せなくても許してもらえる雰囲気でした。

しかも、その職場のご縁で結婚することもできました。主人自身も人付き合いが不器用なところがあったので、私も最初は緊張していましたが、目を見なくてもその場にいるだけでいいのかな、という気楽な気持ちになれました。

仲良くなるには人と心を通われなければいけない、通わせるには自分の弱さをさらけださねければいけない、と思っていたのですが、「一緒にいるだけでいい。目を合わせなくても、一緒にいるだけで。」と初めて気づくことができた人でした。

彼との間に待望の赤ちゃんもできて、病院の健診はいつもどうりストレスで苦しいけど、とても幸せでした。

子供のために克服しなくては

風船出典:weheartit

日々のストレスは変わりませんでしたが、自分の守るべき存在ができたということが嬉しくて仕方がありませんでした。

出産をひかえた33週の健診で産科医から「赤ちゃんが大きくなっていません。」と言われました。

出血も少しあったため切迫早産と診断され、赤ちゃんを少しでもお腹の中にとどめておく薬を飲むことになりました。そのまま体重は増えませんでしたが、36週までお腹にいてくれたので、出産することとなりました。

生まれてきたわが子はほかの子より小さく、そして心臓病と呼吸器疾患もありました。

母である私がこんな性格だから、人の顔を見て話せない人間だから、ストレスがお腹の子にまで影響してしまって、自分の子供を病気にしてしまったのだと思いました。

出産して幸せになるはずが、子供を満足な状態で産んであげられないなんて。

その日から眠れなくなりました。「子供が死んでしまったらどうしよう、全て私のせいだ。」と、自分を責めました。

体重が増えるまで退院できないわが子より先に退院しなければならず、毎日家から母乳をしぼり病院に届ける日々。必死に食べ、何とか母乳をと思うものの、睡眠不足のせいかどんどん出なくなってしまいました。

元気に生んであげられなかっただけでなく、母乳さえもとどけられない。自分は母親失格だと、泣きました。

無事子供も退院できたものの、1か月後にはミルクが飲めなくなり、大学病院に入院することになりました。

子供が生まれてから、「いつこの子を失うか。」という不安に睡眠がとれなくなっていたこと。

自分がしっかり状態を説明できなければわが子の体を守れないこと。自分のことでは決して行くことはできなかった精神科の病院の予約をついにとりました。

もっと早く受診していれば

カップルが歩いている写真出典:weheartit

精神科の先生はじっくり話を聞いてくれました。緊張からどもりながらの言葉にうなずきながら、穏やかな表情をしていました。

「今まで大変でしたね。お薬を飲めば、すこしづつ不安が取れていくと思いますよ。」と言い、SSRIという薬と頓服として緊張を緩和する薬を処方してくれました。

子供の病状もあり、薬の効果を実感するには時間がかかりましたが、今では人と会う際に薬を飲めば以前のようなひどいパニック状態に襲われることはなくなりました。

医師からは「社会不安障害」という診断がつきました。

ストレス社会ではめずらしくない症状だそうです。決して性格のせいではなく、自分が不快になるほどの緊張を感じたらそれは病気で、薬で改善が見込めるものだということでした。

もっと早く、怖がらすに受診できていれば、大学時代の貴重な時間を穏やかに過ごせたかもしれないのに、と後悔しました。

ただ必死にもがきながらも自分の性格の悪いところや不幸癖を見つけることができたのは唯一の救いでしょうか。

子供は手術を乗り越えましたが、今でも大学病院に通い、先日障害という言葉と戦っている毎日です。

病院では子供の様子を先生にきっちり伝えなければならず、緊張をしながらでも必死に説明をしている日々です。

誰かに愛してほしかった愛したかった

女の子出典:weheartit

自分はなんのとりえもない、つまらない人間だと思っていました。

人から必要とされるには無理をして自分を偽ってでも、人に合わせていかなければいけない、と思っていました。

自分がこうなってしまったのは、愛してくれなかった両親のせいだとも思っていました。

今までの自分は人から認めて欲しいと、虚勢をはっているだけで、自分の心をさらけ出して人とぶつかっていれば、正直に自分の意見を言っていたら、こんなに悩み続けることはなかったのかなと今だからこそわかります。

初めて家族ができて、愛する存在を認識してから強くなれた自分がいました。

ほんの少し勇気をだして、誰かに自分の悩みをうちあけられたら、こんなに長引くことはなかったかもしれない。

自分と同じ症状に苦しんでいる人に「一日でも早く専門の病院に行って、薬を処方してもらって。勇気をだして!」と伝えたいです。

written by kao109

Top image via Weheartit

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※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

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