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2016年11月23日 更新 | 6,024 views

"一人っ子"への偏見に苦しんだ幼少期。兄弟がいる空想の世界を思い描いて......。[体験談]

私の子どもの頃の最大のコンプレックスは「一人っ子」であることでした。母は、勤務先が遠く帰宅が遅かったので私は義理の祖父母に育てられました。いつも言い争いが絶えず、祖母はいつも私の両親の悪口を言っていました。「もしこれを共有できる兄弟がいればよかったのに。」といつも思っていました。

私の子どもの頃の最大のコンプレックスは「一人っ子」です。

え?なんで?と思う方もいらっしゃるかもしれません。兄弟喧嘩も取り合いもしなくていいし、両親の愛を一心に受け止められるなんて幸せなんじゃないの?と言う方もいるでしょう。

でも、私にとってはこの「一人っ子」というのがものすごくコンプレックスだったんです!

母は養女だった

空出典:weheartit

まずは簡単に私の家庭環境をお話ししましょう。

両親と祖父母、つまり大人4人に対し子ども1人です。

さぞかし甘やかされて育ったのか、というイメージが沸くかと思います。まず、その先入観が苦手でした。

実際はとんでもない、苦労の連続でした。苦労、とその頃は思わなかったのですが、明らかに普通の家庭ではありませんでした。

母は自分が1歳の時にもらわれた養女で、それを両親から聞かされたのは私を生んだ後だったということです。

母も自分は養女では?とひそかに思い、戸籍も確認したそうですが、昭和の初めの頃は簡単に戸籍を変えられたので記録には残っていなくて実子扱いになっていたそうです。

そしてそれを打ち明けられたのは言い争いをしている最中、「お前は本当の子ではない。将来面倒をみてもらうためにもらったのだ。」というようなことを言われた時でした。

そんな風だったので結婚も好きだった人とは思い通りにならず、婿をもらうためにお見合いをさせられ、私の父に決まったそうです。

父も婿養子で家には居場所がなく、毎日仕事が終わると夜遅くまで時間をつぶして帰ってきました。

母は私を生んで6か月後に再就職し、勤務先も遠く帰宅が遅かったので当然ながら私は義理の祖父母に育てられました。

いつも言い争いが絶えず、気性の荒かった祖母は私に向かって両親の悪口ばかり、それを意見するとお線香に火をつけて追いかけてくるような有様でした。

夜は冷たいご飯に冷たい味噌汁。瓶詰の海苔の佃煮などを瓶から直接箸にとって食べていました。

でも生まれつきそうだったので別に不幸とも思わず、これが普通の生活だと思っていました。

もしこれを共有できる兄弟がいればよかったのに、私が兄弟を欲しがった理由は多分そういうことにあるのだと思います。

仕事でいない両親、軍隊上がりの厳しい祖父とわがままで気性の荒い祖母。そんな家庭環境の元で、たった一人で過ごすのは子どもながらに苦痛で居心地が悪かったのです。

兄弟がほしかった

お花出典:weheartit

そんな私は人知れず空想癖の強い子供になってしまいました。

思えば中学生くらいまで、私は自分自身を生きず、自分が勝手に想像した世界の中で、その主人公として生きていました。

幸いにして人格までは分裂しませんでしたが、想像で生きたくなるほどの環境でした。

後から聞くと、祖母は私のランドセルの中身までいちいちチェックしていたと言います。留守中の両親の部屋に入り、いろいろ詮索もしていたようです。

ある日たまりにたまって母に「兄弟が欲しい」と直訴しました。

するとあっさり否定されました。「つわりがひどかったから二度と子どもは生みたくない」とたった一言返されました。

それで「ああ、兄弟が欲しいなんて、私には願っても無理な望みなんだ」と悟り、落胆し、あきらめた私でした。

他人から「兄弟は?」と聞かれるのがなにより恐怖でした。私が「一人っ子」と答えると、ほぼほぼの人がへぇ、と目を見張るのです。

そこには一人っ子だから甘やかされてきたんだろう、一人っ子だからわがままだ、一人っ子ならお婿さんをむかえるのかね、などという思惑が見てとれました。

そんなんじゃないのに、兄弟なんて欲しくてもできないのに。それでも私は無言でした。

ただ、黙って他人の反応を眺めるしかありませんでした。兄弟がいない以上、なんの反論もできません。

小学校の同級生だったHさんの言葉は本当に辛かったです。

「○○(私のあだ名)は一人っ子だからわがままだ」いつも私にそう言うのです。

「一人っ子だとわがままなの?」それはおそらく大人が言っていたことの受け売りだったのかもしれません。

それでもその言葉は私に常に重くのしかかりました。

一人っ子になりたくてなったわけじゃないのに、私がどんなわがままをしたのだろう?そういう思いがつのっても、やはり言い返すことはできませんでした。

私だって兄弟が欲しい、同じ家にもう一人私以外の子どもがいたらどんなに楽しいだろう?

祖父母の私への執着も半減したかもしれないという思いでいっぱいでした。

Hさんは、私にそんな言葉を残したことを果たして覚えているでしょうか?私がどれほど胸を痛めたことを思ったことがあるでしょうか?もし再会できたら一度聞いてみたいものです。

不安定だった学生時代

女の人出典:weheartit

そして最大の私の理解者であってほしかった母といえば、なんと都内の3軒の飲み屋にボトルを置き、会社帰りに飲んでいたそうです!

私がどれほど早く帰ってきてほしかったかわかっていたのでしょうか?

もし私が母の立場だったら、まちがいなく義両親と戦っていたでしょう。それなのに「あなたがおじいちゃんおばあちゃんに取られちゃって寂しかったから飲んでた」って、一体......。

そのことで大人になってから急に苦しくなり一人泣き出したことがあります。

実は子どもの頃の私は命を恐れない子でした。

今から考えると恐ろしいのですが、階段を下りる祖母の背中に飛び乗って、二人とも転げ落ちてみたり、むしゃくしゃして自分から大型トラックに飛び込んでみたり、なぜそんなに命知らずだったのか、自分でも呆れてしまいますが、もしそれで自分が死んだら、私を突き放し、見放した両親のせいとでも思って投げやりになっていたのかもしれません。

いろいろ書きましたが、中学に入る直前、家で大喧嘩が発生し、母と祖父母が対立、その日に親子3人で近くのアパートに逃げ込んでしまいました。

高校受験を前にした頃戻りましたが、その時は祖父母もかなりの年でしたし、私たちとしばらく離れてみて心も落ち着いたようで、トラブルもなく過ごすことができました。

なんだかんだいって育ててくれた上にいろんなところに連れていってくれた祖母、元々穏やかでやさしかった祖父には感謝しています。

また、両親とはアパート暮らしで失われた時間をたっぷり取り戻し、その後わだかまりもなく過ごすことができました。

それでもやっぱり大人になってから幾度も自分の幼い頃の環境や母の態度、言葉を反芻してしまう私でした。

高校に行く頃には実生活も充実し、「兄弟のいる想像の自分の世界」に入ることはなくなりました。

精神的には安定しましたが、コンプレックスの方はどうでしょう?

人の話を聞けば、兄弟が仲良くてうらやましいなと感じたり、逆に兄弟仲がギクシャクしている話を聞いたり、それでもやはり兄弟のいない身にはうらやましく感じました。

それでもコンプレックスは脱せず

コンプレックスを脱したかといえばそれはどうかわかりません。

元々の人を信じない性格、独りよがりの部分は自分の家庭環境の悪さからきていると思います。

とにかく友だちが少なくて、中学や高校の友だちなどとの交流もなく、他人から見たら寂しい人間だと思います。

数人の男性とおつき合いした時もそれに関して指摘されました。

お前はどうして友だちがいないんだとか強く言われ、友だちを作る努力をしたって大人になってからではすでに遅しでした。

大人になった私は

犬と女の子出典:weheartit

27歳で結婚し、子どもはずっといないままでした。

主人が欲しがらなかったため、パート勤めをしながら現実逃避ばかりしていました。

私にとっての現実逃避は海外旅行。

子どもも授かれないんだから好きなだけしていいんだと、とにかくお金がたまれば旅行ばかりしていました。

結婚しながらもかなり自由な毎日でした。旅行は私にとって現実逃避であると同時に生きている証拠でもありました。

普段は自分を殺して仕事をしている、でも旅行の時は本当に自由で楽しくて生きていると実感できるという感覚。

本当は普段の生活こそが大事なんだとわかっていても、その頃の私は旅行以外に自分自身を見出すすべを知りませんでした。

そんな日が8年続いた後、突然に周囲の環境が変化し、それにともない主人が子どもを望む方向に転換しました!

まさか、35も過ぎて子づくりだなんて、少々遅かったけど、なんとか間に合い、40歳前に1人出産、そして1人っ子コンプレックスの私はどうしても兄弟で育てたくなり、2年後にもう1人生み、1男1女の母になり、今に至ります。

子どもたちのクラスでも一人っ子の子は数人います。でも、ほとんどは兄弟がいる環境です。

よく、2人目不妊とか言いますが、もともと不妊体質の私は1人目から治療しての出産だったので、早めに2人目治療に入り、結果的に授かることができてラッキーでした。

幼少期の頃の思いが強かった

服出典:weheartit

一人っ子は私から見ると寂しそうに感じたりもしますが、私と違って親の保護も厚いだろうし、かわいそうなんて思うのはやはり違うのだと思います。

なにより生まれてきたことが奇跡で、幸せであることですね。

2人育ててみるとやはりお互いを思いやりながら、意識しながら、のびのび育っているので良かったと思っています。

今、思うとやはり「兄弟で育てたい」という思いが強かったです。

兄弟はやっぱりいいです。1人しか生んでいない母も縁のない男の子のおばあちゃんになって喜んでいます。

はじめ、男の子はどうしていいかわからない、と戸惑いもあったようですが、生まれてみると男の子のかわいさに魅了されているようです。

たまに私も一人っ子だったことに対して母に恨み言を言ってみたりします。

でももう母もいい年、そんなことで傷つけてはいけませんね。なにより丈夫に生んでくれて感謝です。

自分の経験から来たことですが、遅く子どもを産んだこともあって、仕事より子どもたちを優先させることにしました。

今ではパートに出ていますが、子どもたちが学校から帰ったら「おかえり」と言うお母さんでいたいと痛切に思ったのです。

私自身、たまの休みに母が保育園でお迎えにきてくれたり、小学校から家に帰って母がいる時は本当に嬉しかったので、去年まではとにかく家庭優先、子ども優先でした。

今は子どもたちも手が離れて私の仕事にも理解をしてもらっています。

思えば、自分が辛かったことを繰り返したくなかったのだと思います。

子どもたちはなるべく自分たちの好きなようにし、望みはできるだけ叶えてあげたい、自分が味わった一人っ子コンプレックスは味わってほしくない、etc......。

子どもたちは男女の兄弟なのでいずれは互いに離れ、同性の兄弟のようなわけにはいかないでしょう。

でも同じ家庭の中で子どもが2人、男女の違いも感じ、今は義理の父とも同居なので3世代、地元の係なども請け負って、地域に溶け込んで生きています。

最近は仕事も面白くなり、お金はないけれど、精神的にはまずまず充実しているし、満足です。

自分の運命だ

バラ出典:weheartit

考えてみれば人は誰もがそれなりにコンプレックスを抱えて生きていて、それらを解消すべく悪戦苦闘しながら日々を送っています。

親と同じ道をたどってしまうかもしれないと不安に思ったり、逆に親と同じにはならないと自分を軌道修正しながら生きていったり、それもこれも自分の運命、人生です。

もし私に一人っ子コンプレックスがなかったとしても、他に何かしら抱えて生きていったのではと思います。

そして、コンプレックスはある意味必要なことなのかもしれません。

コンプレックスが人を強くし、成長させていく、そんな風に前向きにとらえていけばすべてを力に変えられるのかもしれません。

今、うちには生後2年になる猫の兄弟がいて、家族全員でかわいがっています。

この子たちは、もともと1人暮らしの老人が家に出入りさせている猫の子どもで、5匹兄弟でした。

今は兄弟それぞれが里子に出されて2匹、2匹、1匹に分かれて平和に暮らしています。

猫の兄弟でさえ見ていて愛おしいと思います。

わけがわからないうちにもらわれてきて、でもお互い寄り添って助け合って舐めあって、意識し合いながら生きています。

やはり兄弟ってすばらしい!兄弟のいない私は憧ればかりですけど、兄弟は親をシェアしている感覚でしょうか、とにかく子どもたちは私のことを取り合って、少しでも自分が優位に立とうと思っているのが見え見えです。

それでも小さい頃に一時期であれ同じ環境で育った同士ともいうべき存在、それは後の人生にとって宝となるに違いありません。

兄弟がいないこと、これが完全に悪であるわけではありません。

もちろん生きているだけで幸せ、この世に生まれたことに感謝し、人生を謳歌すべきです。

私は今、自分の子どもや猫の兄弟で兄弟というものを疑似体験しています。

もし本当に兄弟がいたら疎ましく感じるかもしれませんし、私の主人がそうだったように、兄弟と比較されて寂しい思いをするかもしれません。

人生はないものねだりであるけれど、自分の人生を自分なりに生きたなら、そんなコンプレックスはいずれ解消されるかもしれません。

今の私は自分が一人っ子であることを堂々という事ができますし、子どもの頃から比べると考えられないほど、家族にも恵まれています。

そんな風にして自然な形で、コンプレックスはいつか解消されるもの、そしてなんでそんなに思い詰めていたのか、後になって不思議に思うものかもしれません。

written by ayumi h

Top image via Weheartit

※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

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