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2016年11月24日 更新 | 1,748 views

"家庭環境コンプレックス"をもっていた私。理解してくれる彼との出会いで変わることができた[体験談]

3人兄弟の末っ子として生まれた私。父親を亡くし、シングルマザーの母は忙しくて相手をしてもらえませんでした。当時はとてもさみしくて、だれかに甘えたかったことをとても覚えています。母親に相手してもらえないさみしさから、私はその友達と夜遅くまで遊ぶようになりました。家に帰るのが嫌になっていたんです。

私は、幼いころに父親を亡くしました。

幼いころと言っても、当時私は小学6年生でしたので、大人になった今でも父親の記憶はあります。

一緒に遊んだことや怒られたこと、喧嘩したことも少しですが覚えています。

母親は地方公務員で、中学校の教師をしておりました。

他の母子家庭に比べると、金銭的にも、親の仕事の拘束時間的にもまだいい環境だったと今では思いますが、このことで私の人生は大きく変わったと思っています。

母親に甘えていいのかわからない

女の子出典:weheartit

私は3人兄弟の末っ子です。1番上に姉がおり、その下に兄、そして私でした。

私は兄弟の中でも1番落ち着きがなく、勉強も不得意で通知表にもいつも「落ち着きがない」と書かれていました。

そんな私に比べて、姉と兄は勉強熱心でいつも成績優秀、スポーツも人並みにでき、あまり大きく苦手な分野はないタイプでした。

3人兄弟の中で、きっと私が1番手のかかった子どもだったことでしょう。

まだまだこれから手もお金もかかる子ども3人を抱え急にシングルマザーになった母がどれだけ大変な思いをしたか、今となってはわかります。

でも、当時の私にはその母の大変さはわからず、私なりに励ましたいと思いいつもおちゃらけたことをしていた記憶があります。

機嫌をうかがうように口数が多くなったり、たくさん話しかけるようにして自分なりに励ましていたつもりだったのです。

今思えばそれは仕事と育児で疲れた母の唯一の休日の邪魔になっていたことでしょう。

そんな私に対して、少しずつ返答が減り、厳しい言葉が返ってくるようになっていきました。

私はさみしさ、かまってほしさ故にしていたつもりが母を苦しめ、逆に私も苦しむことになっていってしまったのです。

でも私は私で、急に父親がいなくなり、母親はかまってくれなくなった。

兄弟もなんだか元気がないし、まわりの大人は「かわいそうに」「大変だったでしょう」と憐みのことばばかり。

当時はとてもさみしくて、だれかに甘えたかったことをとても覚えています。

思春期に入り、さらに関係は悪化

女の子出典:weheartit

中学校に入り、思春期を迎えると、ある程度行動範囲も広くなり友達もたくさん増えました。

その中で、私が通った中学校は比較的、「ヤンキー」と言われる子どもたちが多い学校でした。

母親に相手してもらえないさみしさから、私はその友達と夜遅くまで遊ぶようになりました。

家に帰っても、返事はないから。

それなら家に帰って「遅い」と怒られようとも、友達と遊んでいるほうがまだ心が楽でした。

何より、友達と遊んでいるときはいろんなことを忘れることができました。

小学校のときは「父親のいない子」として、クラスメイトからも憐みの目で見られているような気が幼心にありましたが、中学校に入ると地域がらそんな家庭の子は珍しくなく、私を特別視しなくなったことも楽になった要因のひとつでした。

夜遅くまで遊んでいることで、学校の先生から注意を受けたり、親に連絡がいくようになると、母親は私に対してさらにきつく叱るようになりました。

もちろん、母親は地方公務員ですから、連絡をした私の中学校の先生は、私の母のことを仕事仲間として知っているわけです。

今思えば大きな恥をかかせてしまったと後悔しています。

中学校の先生からは、事情を知っていることもあり「お母さんがかわいそうだよ」といった言葉も言われました。

当時の私からしたら「じゃあ私はどうなるの」と言い返したい気持ちでいっぱいでした。

ですが、言い返しませんでした。

もうそれすら私は期待していなかったからです。

高校入学後、家を出たい願望が日に日に強く

窓ガラス出典:weheartit

高校に入学してからすぐにバイトをはじめ、自分でお金を貯めて一人暮らしをしようと考えました。

怒られるだけの家に帰りたくなかったからです。

頑張ってバイトをして、月10万円近く稼ぎ頑張っていたおかげで、バイトの中でリーダーのポジションをもらえるようになりました。

すると、私の中で初めて「認めてもらえた」という気持ちが芽生えました。

リーダーになったことでさらに自給も上がり、いい調子でいたのですが、中学校の時とは比べ物にならないお金を手にした私は、先の家を出るという目標よりも、目先の「今日家に帰りたくない」という気持ちに耐えることができず、バイトで得たお金を使い、友達と夜な夜な遊びに出ていました。

もちろん、お金がたまるはずもなく、友達と解散した後は虚しさだけが残りました。

それは、就職をしてからも続きました。

早く家を出たいのに、おとなしくつつましい生活をして貯金をすることができない。

情けない社会人の始まりでした。

仕事が終わり、同僚と飲みに行き、夜中1時ごろ家族が寝静まったころを待って帰宅し、朝は家族が起きる前に家を出るようにしていました。

居場所がないことへの不安

花出典:weheartit

20歳を過ぎると、居場所がないことに対してとても大きな不安を感じるようになりました。

大阪の都会のほうでしたので、まわりの友達も結婚は割と遅く、今思えばそんなに焦る必要はなかったとは思いますが、初めて認めてもらったバイトもやめ、就職しまた1からです。

就職先も、母に少しでもほめてもらいたいという気持ちから一流企業に就職しました。

内定が決まった時も、それを一応報告はしましたが、なんと返ってきたか覚えていません。

褒めてもらえなかったのか、私のほしい言葉ではなかったんだと思います。

職場の同僚や先輩とは仲良くしていても、業務が終わると所詮はみんな自分の居場所に帰っていく現実が私にはつらく、そのつらさは日に日に増していきました。

最愛のパートナーと出会って

人出典:weheartit

そんなOL時代、1人の男性と出会いました。

これが私の人生の1番の転機でした。

彼のほうから声をかけてくれ、俗にいうナンパでしたが話してみるとすぐに意気投合しおたがい惹かれました。

彼はすでに市内に1人暮らしをしていて、よく家に遊びに行かせてもらっていました。

その結果、実家を出たくてたまらなかった私は、彼の家に住み着くようになり、自然と同棲生活が始まりました。

そのころから、私は「あの家に帰らなければならない」という気持ちから解放され、とても気持ちが楽になりました。

悲しいですが、母親もしばらく私が帰っていないことに気付いていないほどでした。

母親との関係について打ち明けると離れて行ってしまうんじゃないか、悲劇のヒロインぶっていると思われているんじゃないかなど自分の中で不安があり、暫くは家族との間柄については言えませんでした。

彼は日常会話に私の家族の話が出ないことから薄々気付いていたようです。

家庭環境があまりよくないのだと。

それでも無理やり聞かずにいてくれました。

結婚を意識しだしたころ、彼のご両親に会わせてもらいました。

絵にかいたようないい家族。

仲良く、みんなが冗談を言い合ったり思いやりを持って過ごしたりしている彼の家族を見て、私は初めて「自分の求めていた居場所」を目の当たりにしました。

私はこんな場所にいたかったんだと。

彼にそれとなく聞いてみると、思春期のときはもちろん色々家族のトラブルもありながら、それを家族皆で乗り越えてきたことを知り、尚更なぜ私の家は、私は乗り越えてこられなかったのか落ち込みました。

written by yuuden

Top image via Weheartit

※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

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