NICOLY:)[ニコリー] コンプレックスの悩み解決・応援サイト

医師が教えるコンプレックス解決サイト
監修済記事:1022記事

メルマガ登録

2016年11月24日 更新 | 1,816 views

大好きだった家族が崩壊してしまった。苦しみのなかから私を救ってくれた目から鱗の言葉とは......。[体験談]

小学生の私にとって、父は自慢の父親でした。その自慢の父が不倫をしていることが発覚しました。その愛人というのが、母のママ友でよく自宅に遊びに来ていた人でした。それ以来、私は精神的に病んでいきました。わけのわからないときに涙が出て震えが起こり、酷いときには幻覚が起こるほどでした。

生まれ育った家庭は宗教だといいます。

というのも、自分が当たり前だと思ってきたルールが、社会にでると全く通用しないということに気付き戸惑うことがあります。

そんな家庭のルールや家族とはこういうものだという固定観念や憧れに縛られてつらい思いをしている人がいたら私も同じですと言いたいです。

家族に対して、父親に対してコンプレックスを持ってきた私が経験し感じたことを、どのように克服したかをお伝えします。

とにかく「お父さん大好き!」な小学生時代

空出典:weheartit

小学生の私にとって、父は自慢の父親でした。

パパママサッカーで活動していたこともあり運動会では大活躍してくれましたし、少し酔っぱらうとギターの弾き語りをしましたし、何を聞いてもすぐに答えてくれる博学な人でした。

それに外見も、とてもおしゃれでした。

父は外資系企業で働いていたこともあってかなり稼げる男でした。今ならわかりますが、母が専業主婦で、3人兄弟皆に普通自動車免許を取らせてくれ、大学まで出すというのは容易ではありません。 とにかく、小学生の私はただただそんな物知りで運動神経抜群な父を尊敬し慕っていたのです。

父親に愛人の存在が発覚

手出典:weheartit

そんな甲斐性のある男に愛人がいるというのは世間では珍しい話ではありませんが、高校生の私にとってはとても受け入れられないことでした。

なぜならその愛人というのが、母のママ友で幼稚園の時からよく自宅に遊びに来ていた人だったからです。

愛人は100歩譲って理解できるにしても相手が悪すぎますし、15年の付き合いだったというからなおさら許し難いものがありました。

それが発覚したとき、私は母にこう言いました。

「ねえこんなに屈辱的なことされて平気なの?お母さんが子供3人抱えて出ていけるわけないって思われてんだよ。だからお母さんの親友とそんなことになってんだよ。お金いっぱい取って別れな!」

それでも母は、「あんたたち3人のために別れない。」と頑なでした。

当時私はそんな母を見ていて、なんてプライドのない人なんだろう、専業主婦だから舐められる、経済力がないと好き勝手されても我慢するしかないんだ、と思い、同じ女として母を軽蔑しました。

そして何よりも早くこんな家を出たいとそればかり願うようになりました。

崩壊した家庭

花出典:weheartit

私はもともと中学の終わりから高校の半ば程まで精神を病んでいたことがあったのですが、それを機に再び精神状態が悪化してしまいました。

わけのわからないときに涙が出て震えが起こり、酷いときには幻覚が起こるほどでしたので通学も通勤もままならず、何年間か引きこもって暮らしました。

その時のことは正直あまりよく憶えていません。人間の脳のメモリーが10だとすると、幸せなことと不幸なことは7:3で記憶されるそうです。

新しいものが入ってくると古いものから削除されていくということですので、私のつらい記憶は新しいものに押し出されているようです。

ただ覚えているのは、その時父が単身赴任で新潟へ行っていたこと、母を突き飛ばしたこと、リストカットをたくさんしたこと。

兄は浪人生だったので、ただでさえ気持ちに余裕がない上にそんな妹にものすごくストレスを与えられ、気も狂わんばかりだったに違いありません。

2つ下の弟も感情行き場がなかったのでしょう、校内暴力に走り学校に母親が呼び出されたりと、家族の状態はもうめちゃくちゃでした。

父がそんな環境にいなくてよかったのかいたほうがよかったのかそれは誰にもわかりませんが、とにかく当時の私は父の顔も見たくありませんでした。

あんなにかっこよく自慢だった父がそれをきっかけとして、大嫌いで顔も見たくない汚らわしい存在となりました。

人が変わったような父の行動と、傍観者の母

手と花出典:weheartit

少し精神的に落ち着き、外にでて働けるようになったのは22歳の頃でした。

ここにも父親コンプレックスがでていたのだと思いますが、そんなときようやく心を開いて恋愛をした相手は一回り年上の彼でした。

彼はとても頼りになり、経済的にも精神的にもとにかく甘えさせてくれ、すぐに私にとってなくてはならない存在となりました。

出会ったのは彼が東京へ長期で出張に来ている時でしたが、仕事で再び広島に帰らなければならないと聞かされた私の決断はとてもシンプルなものでした。

「私も広島に行く。」

こうして実家を出ることになり、家族とようやく決別できたのです。

しかし家族と離れた3年間の間も私は悪夢に悩まされ続けました。それはいつもいつも判を押したように同じ夢なのです。

私は喉が痛くなるほど怒鳴り散らし、何度も何度も父と愛人を殴る夢。突如ハッとなって夜中に目を覚ました時には心臓が壊れそうなほど高鳴っており、息切れし、悲しくて悔しくて、訳の分からない感情に押しつぶされそうになりました。

同じ親子なのに理解できない悲しみ。

私はずっと、父に気持ちの上で捨てられたという意識に苛まれていました。

そして両親を見ていて、自分がなぜ生まれてきたのかという思いや、何故だかふたりに受け入れてもらえていないという強い思いにずっと捕らわれてきました。

しかし3年後に東京に戻ろうと決心し、私は再び実家へと戻りました。

その時何故実家へ戻ろうと思ったのかはわかりませんが、私はきっとまだ家族と分かり合いたかったのだと思います。とりわけあのことがあるまでは大好きだった父と理解し合いたかったのだ、と。

振り返ればそんな思いを胸に実家に戻った私でしたが、些細な誤解で父と言い合いになり、階段を登る父の誤解を解こうと後ろから追いかけた時に蹴り飛ばされそうになりました。

父は足を振りかぶり、私のお腹に当たる直前で止めました。

今まで何があっても子供たちに手を出すことはしなかった父が、私を蹴り飛ばそうとしたのです。

「お前は俺の人格を侮辱したな」と、私の話も聞こうとせずに怒りにまかせて怒鳴る父は気が狂った人のようでした。

何故父がそんな風に感じたのかは今でもわかりません。

そのとき父が私のとるに足らないようなウッカリしたミスに対して必要以上に責め、私は「私のどうでもいいようなミスに対してそんなこと言うけど、お父さんは今までの人生で全くミスしたことがないんだね?」と応じたことだけは憶えています。

それが何故人格を否定したことにつながるのか......、私はそういうつもりで言ったわけではなかったのですが、もしかしたら父なりに愛人事件の事が心にあったのかもしれません。本当のところはわかりませんが。

さらに母はそばで見ていたにも関わらず仲裁してくれようともしませんでした。

とばっちりが怖かったのか、呆気にとられて動けなかったのか......、何故かはわかりません。

私にはいま小さな子供がいますが、その子がもし主人に同じようなことをされたらと置き換えて考えれば、私は身をもって子供を庇い、主人を責めると思います。

母はのちに「あの時お父さん狂ってると思った」と言っていましたので、父がおかしかったことは認識していたようです。

しかしいずれにしても父に蹴られそうになったときには全く庇ってくれませんでした。

そのことで私は再び父だけでなく母にも心を閉ざしました。

この人たちと血がつながってなければどんなにいいか、この人たちが自分の親でなければどんなにいいかと本気で考えました。

誰にも言えなかった家庭内の問題

二人出典:weheartit

私はこんな事件の数々を、仲のいい友達にさえ話せませんでした。

こんな両親から産まれた私はどこかに欠陥があると自分ながらに感じていましたし、何より恥ずかしいという思いが強かったのです。

両親に愛され受け入れられたいという思いはいい歳をした大人の女性が話すことではないと、そう思っていましたし、今でもそう思います。

そもそも私が中学の半ばに精神的に病んでしまったのは、両親に認められたいと頑張りすぎたためでした。兄は勉強で、弟はサッカーで優秀でしたが私にはなにもないと思い込んでいたのです。

そのことがもともとのコンプレックスになっており、そんな私に対して両親は腫れ物にさわるような扱いをしました。

でも私はもっと弟のように怒られたかったし、兄のようにコミュニケーションをたくさんとりたかったのです。

父と母と、幼少時から本当の意味で心の交流が出来なかったことは今でも私の人格に影を落としているように思います。

日常的に意識することはないですが、身体が疲れていたり、やることがなく時間がある時にはふと考え込んでしまいます。

もちろんある部分では両親に感謝しています。例えば、母が私たち子供のために離婚しないと決めたことは、ある意味では正解でした。

自分自身が結婚した今ではよくわかります。しかしないものねだりだとはわかっていますが、父と母がそんな状態なのに子供のためにと無理矢理一緒にいるよりも、別れてそれぞれが幸せになってもらった方がよかったのでは、とも思います。

それ以上に、私はもっとふたりに愛されたかったですし私をみてほしかったのです。

主人がくれた目から鱗の考え方。「父とうまくやっていくためには?」

空出典:weheartit

私はもともと優しい父が好きでした。

しかし私が大人になるにつれ、父は悪い意味で私をひとりの大人と見なし、また私も同じように父をひとりの人間として見るようになりました。

完璧なヒーローだった父は不完全なひとりの男になりました。

もし私が父の子供じゃなかったら、ひとりの人間として見て、父はとても問題のある人間だと思えます。

父はその後も産後1週間の私と主人に「出ていけ」と怒鳴り散らしました。

自分が気に入らないことがあればすぐにそんな態度になる、そんな父なのです。

しかし私はどんなに苦しくてもそんな父の子供です。半分は父の血が流れているのです。

私がそんなとき例によって悪夢をみてうなされて起き、主人に涙を流しながらようやく心情を訴えることができたとき、主人はこう言ってくれました。

「よく今までひとりで抱えてたね。まず○○はなにも悪くないし、自分に自信を持っていいんだよ。それに冷たい言い方かもしれないけど、たとえ家族だって100%理解し合あうことは不可能だよ。

それを理解しよう、されようと努力するから報われずにつらくなるんじゃないかな。血がつながってるからなかなか難しいけど、この人はもうこういう人だから変わらない、私の言うことは理解してもらわなくて結構ですってどこかで見切りをつけなきゃ。

家族だからって何でもわかりあえないよ。そう考えなきゃ自分が辛いだけだよ。」

主人の言うことは私にとって目から鱗の考え方でした。

こう言ってもらったとき、私はなんだかようやく許され解放されたような気がしたものです。

私は今まで分かり合おうと躍起になってきました。親子なんだから分かり合えないわけがないと考えてきました。

しかし親子でも、ひとりの人間対ひとりの人間なのです。

そのことを主人ははっきりとわからせてくれました。

理解すること、されるよう努力することをやめる。諦める。それで結果的に距離が保てていい関係になれるならそっちのほうがいいじゃないか、と180度考えが変わりました。

そして2年前から徐々にですが悪夢をみる頻度が少なくなり、ここ最近はまったく見ていません。

すべて主人のアドバイスによる効能だと思います。よく、相手を変えるよりも自分を変える方が容易だといいますが、これはまさにその好例ですよね。

どんなことも真っ向から問題に立ち向かうことが必ずしもいい結果を生み出すとは限りません。

それからはなるべく父を父親と見るよりもむしろひとりの人間として距離を置いて見るように注意しています。そしておよそ1年前からは、不思議と冷静に円滑に関係を保てています。

同じように家族とうまくいかないことで悩んでいる人がいたら距離感を見直してみるのも手かもしれません。

それは遠すぎるかもしれないし、私のように近すぎるのかもしれません。

そしてあなたがつらくなる前に信頼できる人に話して下さい。

私にとって、何でも話せるパートナーと出会えたことは幸運でした。

彼がいなければ今でもひとりで抱え込んで袋小路に迷っていたでしょう。話を聞いてそばにいてくれる人がいればそれだけで前を向く気持ちになれると思います。

問題そのものを解決することに躍起になるよりも、根本的な解決にはなりませんが、考え方を変えた方がずっと楽になれる場合もありますよ。

written by tapus

Top image via Weheartit

※ 記事の内容は、医学的な正確性、効能、効果を保証するものでなく、かつ、記事の利用においてはしかるべき資格を有する医師や薬剤師等に個別に相談するなど読者の責任において行ってください。

関連するキーワード

注目の記事

【大人気】ブログより詳しい!整形の痛みやダウンタイム・術後経過すべて見せます!美容整形体験レポートシリーズ

【大人気】ブログより詳しい!整形の痛みやダウンタイム・術後経過すべて見せます!美容整形体験レポートシリーズ

NICOLY編集部では、カウンセリングから術後経過までの画像がたっぷりの、美容整形体験レポートを公開しています。切らないプチ整形から、脂肪吸引まで読み応え十分。NICOLY編集部いちおしの記事です。随時更新中!

43649 views | 整形二重脂肪吸引脂肪溶解注射

カテゴリ一覧

この記事のライター

本日のアクセスランキング

いまNICOLYで人気の記事

話題のキーワード

いまNICOLYで話題になっているキーワード

専門家ライター募集

NICOLYで記事を執筆していただける医師を募集

NICOLYでは「コンプレックスで悩んでいる人を笑顔に」というビジョンのもと毎日記事を更新しています。信頼性の高い記事を出し続けるために、記事の執筆をしていただける医師を募集しています

専門家ライター募集フォーム

編集者募集

NICOLYで記事を編集してくれる編集者募集

NICOLYでは「コンプレックスで悩んでいる人を笑顔に」というビジョンのもと、一緒に働いてくれる編集者を募集しています。

編集者募集フォーム

関連する記事

この記事に関連する記事をピックアップ